苦くも柔い恋



「ごめん桜、今日は帰るね」

「えー!どうしたの?体調悪い?」

「少し。…ちょっと最近残業続きで疲れてたみたい」

「大丈夫?1人で帰れる?」

「うん。桜は楽しんできてね」


また連絡する、そう告げてその場で別れて帰路についた。


千晃は待っているだろうか。

居ないと知ってそのまま帰ったかもしれない。

でも、もし待っていたら。


ぐらぐらと心が揺れ、耳障りな心臓の鼓動を聞きながら自宅のマンションが見える位置まで戻ってきた。

そしてエントランス付近まで駆け寄るが、千晃は何処にも居なかった。


「…ははっ、……アホらし…」


力が抜け、考えるより先にそう呟いていた。

馬鹿なことをしたと、また何かを期待しようとした自分に腹が立った。

連絡もつかない、家にも居ない、そうなれば帰るのなんて当たり前じゃないか。


「…こんなことなら二次会参加するんだった」


落胆にも似た感情でそう吐き、オートロックを抜けてエレベーターに乗り込みそのまま自宅へ入った。

廊下を進んで部屋に入り、エアコンをつける。

汗で服が肌に張り付いて気持ちが悪かったので素早く部屋着に着替えてベッドに倒れ込んだ。


小走りで帰ってきたせいか酔いが回ったのかもしれない、どうしようもないくらい眠い。

今日はこのまま寝ていいかと、ぼんやりする頭で考えながら目を閉じ、ふわふわと意識が飛びあと数秒で眠れるところまできていた。




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