野いちご源氏物語 〇七 紅葉賀(もみじのが)
話を少し戻して、上皇(じょうこう)様の五十歳の祝賀会のこともお話しさせて。
上皇様というのは、以前に(みかど)でいらっしゃった方。
五十歳におなりになることをお祝いする祝賀会の会場は、上皇様のお住まいよ。
帝が皇族や貴族の方たちをたくさん連れてお出かけになって、お祝いをなさるの。
いつも内裏(だいり)でお暮らしの帝が外出なさるのは、とても特別なこと。

祝賀会では、皇族や貴族の方たちが、この日のためにたくさん練習した(まい)をご披露(ひろう)なさる。
今回は皆様とくに力が入っていらっしゃるようだから、お(きさき)様たちは出席できないことを残念に思っていらっしゃった。
帝は藤壺(ふじつぼ)女御(にょうご)様にも見せてさしあげたいと思われて、内裏で舞の予行演習を行わせることになさったの。

源氏(げんじ)(きみ)は「青海波(せいがいは)」という舞を舞われる。
演奏にあわせて、頭中将(とうのちゅうじょう)様とふたり一組で舞われるの。
頭中将様は堂々としてご立派な、とてもお美しい方よ。
それでも源氏の君のとなりに並ぶと、多少は見劣りしてしまわれるのだけれど。
夕日が美しく差すなかで、ゆったりとした振り付けで舞われる源氏の君のお姿は、この世のものとは思えないほど。
帝をはじめ皇族や貴族の方々も、感動のあまり涙を流しておられたわ。
源氏の君は、まさに「光る君」でいらっしゃった。

東宮(とうぐう)様の母君(ははぎみ)である弘徽殿(こきでん)の女御様は、なんとかして源氏の君にけちをつけたくていらっしゃる。
「あらまぁ、あんなにお美しいだなんて、かえって不吉だわ。源氏の君は早死になさるのではないかしら」
とおっしゃるのを、若い女房(にょうぼう)たちは、
<いくら東宮様の母君でも、源氏の君に失礼だわ>
と心のなかで思っていたみたい。

藤壺の女御様は少しふくらんだお腹に手をやりながら、
<何のうしろめたいこともなく拝見したら、どれほど感動したことか>
と、罪の意識に苦しんでいらっしゃった。
予行演習が終わった夜、帝は藤壺の女御様をご寝室にお呼びになっておっしゃる。
「今日は青海波が別格であった。あなたはどうご覧になりましたか」
女御様はなんともお答えしにくくて、
「特にすばらしゅうございました」
とだけ申し上げなさる。
「頭中将も悪くはなかった。やはり上流貴族の子息は違うな。あのようなてらいのない美しさは、有名な舞の師匠には出せないものだ。予行演習でここまでやってしまったら、祝賀会当日は逆につまらなくなってしまうのではないかと心配になるけれど、どうしてもあなたにお見せしたくてね」
とほほえまれる。
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