野いちご源氏物語 〇七 紅葉賀(もみじのが)
藤壺(ふじつぼ)女御(にょうご)様と皇子(みこ)は、四月に内裏(だいり)にお戻りになった。
皇子はすくすくとお育ちになっている。
まぎれもなく源氏(げんじ)(きみ)にそっくりでいらっしゃるけれど、(みかど)はまさか源氏の君が父親だとはお考えにならない。
「美しい赤子(あかご)というのは、似たような顔をしているのだろう」
と思っていらっしゃる。
<私は源氏を最愛の皇子だと思っていたが、母親の身分が低かったために、東宮(とうぐう)にしてやるどころかただの貴族にしてしまった。源氏が立派に成長していくのを見るたびに、あの決断を悔しく思っていたが、この皇子には誰も文句は言えまい。母親は前の帝の内親王(ないしんのう)なのだから、この子は最愛かつ完璧な皇子である>
と、心をこめてお世話なさるの。
それをご覧になる藤壺の女御様は、一日中悩みつづけていらっしゃる。

帝はいつものように、源氏の君を藤壺での音楽会にお呼びになった。
なんと、皇子をお抱きになって源氏の君のところまで近づいていらっしゃったの。
「私には皇子が何人もいるが、それぞれの(きさき)のところで育てられていて、幼いころの姿をずっと見ていたわけではない。そなただけはいつも私の近くにいたから記憶にあるのだが、この皇子はそなたの小さいころにそっくりだ。それとも赤子というものは、皆このような顔なのだろうか」
とおっしゃって、皇子を優しい目でご覧になる。
源氏の君は顔色が変わるような気がされた。
恐ろしくて、申し訳なくて、うれしくて、愛しくて、感情があちこちに移動するの。
涙だけはかろうじてお止めになる。
何か声を上げてにこにこしていらっしゃる皇子のご様子は、とてもおかわいらしい。

藤壺の女御様は物陰(ものかげ)からおふたりのご様子をご覧になっていた。
冷や汗を流して震えていらっしゃる。
源氏の君はお心がかき乱されて、言い訳をとりつくろってお下がりになったわ。
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