野いちご源氏物語 〇七 紅葉賀(もみじのが)
二条(にじょう)(いん)にお戻りになった源氏(げんじ)(きみ)は、すぐに横になってしまわれた。
ぼんやりとお庭をご覧になる。
植え込みのなかに撫子(なでしこ)の花——愛しい我が子を意味する花、が美しく咲いていた。
源氏の君はそれを折らせると、藤壺(ふじつぼ)女御(にょうご)様へのお手紙を書きはじめられたの。
王命婦(おうのみょうぶ)宛てということにして、長々とお書きになる。
最後に、
「この花を愛しい子だと思って見ておりましたら、よけいに悲しくなってまいりました。私の涙にぬれた撫子の花をお届けいたします。我が家でかわいがってお育てしたいのに、それは無理でございますね」
と書いて、撫子の花をお添えになった。

王命婦は、他の女房(にょうぼう)たちがいないときに、お手紙を女御様にお見せする。
「ほんの少しでも、お返事を」
と源氏の君のためにお願いするの。
女御様も誰にも言えない思いがお心からあふれそうなときだったから、お返事だとははっきりおっしゃらずにお書きになった。
「あなたが涙を流すほど愛しく思っていらっしゃる子だと思うと、私もこの撫子を(にく)むことはできません」
王命婦はその紙を源氏の君に差し上げる。
源氏の君は、いつもどおりお返事はいただけないだろうと諦めておられたから、このお手紙に胸が震えた。
うれしさのあまり涙を流していらっしゃる。
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