野いちご源氏物語 〇七 紅葉賀(もみじのが)
藤壺(ふじつぼ)女御(にょうご)様のご出産は十二月ころのご予定だと、(みかど)には申し上げてあった。
でも、お腹のお子は、女御様が内裏(だいり)にいらっしゃったときのお子ではない。
実家にお下がりになったときの源氏(げんじ)(きみ)のお子だから、本当は二月ころにしかお生まれにならないはずなの。

十二月が終わると、帝をはじめ皆様がご心配なさる。
一月にはお生まれになるだろうと待ち構えていらっしゃるけれど、まだお生まれにならない。
妖怪(ようかい)のしわざだと世間では(うわさ)されていた。
女御様は、
<恐れ多くも帝がお気づきになって、私は破滅するのでは>
とおびえて、ご体調もたいそう悪くなってしまわれたわ。
源氏の君はご自分のお子だと確信しておられる。
目的をはっきりとは伝えないまま、いろいろなお寺にお祈りなどをさせていらっしゃった。
<もし私の子をお生みになったことが原因でお亡くなりになってしまわれたら、なんという悲しいお別れだろうか>
と不安に思っていらっしゃったわ。

二月の半ばになって、やっと男の皇子(みこ)がお生まれになった。
帝は大よろこびなさる。
女御様にお仕えしている人たちも、それはそれはよろこんだわ。
女御様は、
<出産で命を落とした方がよかったのかもしれない。この子が帝のお子でないことを隠しとおせるだろうか。しかし弘徽殿(こきでん)の女御は私を呪っているという。ここで死んではあの女御に高笑いさせるだけだ>
と気を強くおもちになる。

帝は皇子にお会いになる日が待ちきれずにいらっしゃった。
源氏の君も同じお気持ちで、人目(ひとめ)が少ないときを見計らって女御様のところへ行かれるけれど、まさか帝より先に皇子を見せていただけはしない。
それに、皇子は源氏の君にそっくりでいらっしゃったの。
女御様は帝に申し訳がなくて苦しんでおられる。
<これほどまでにそっくりでは、絶対に噂になってしまう。世間はどんなささいな(あやま)ちでも探そうとするのだから、こんな大きな過ちを隠しきれるはずはない。私も源氏の君も破滅するだろう>
とお思いになって、あの夜のことを後悔なさる。

あの夜、源氏の君を女御様のご寝室まで手引きした王命婦(おうのみょうぶ)は、今は源氏の君と二人きりになることを避けている。
たまに人のいないところで出くわしてしまうと、
「女御様にお会いしたい」
と切々とお願いされてしまうの。
王命婦は自分の犯した罪に震えながら言う。
「とてもそんなことはできません」
「せめて皇子だけでも拝見できないか」
「いずれ帝からお披露目(ひろめ)がございましょう。なぜそんなにお(あせ)りになるのです」
と、何も知らないような顔でお断りする。

「私の子だからだ」と、源氏の君は喉元(のどもと)まで出かかる。
でも、お互いに核心には触れないで話をするしかないの。
「私の気持ちをお伝えすることもできないのか」
源氏の君は泣いてしまわれる。
「いったい前世で私たちの間に何があったというのだ。どうしてこんなに近くて遠いのか」
とおっしゃるので、王命婦はせめて女御様も苦しんでおられることだけお伝えする。
「皇子をご覧になる女御様もお苦しみでいらっしゃいますが、一度もご覧になれないあなた様もおつらいことでしょう。子どものために親は暗闇(くらやみ)に迷うものと申しますから、ご両親どちらもお気の毒なことでございます」
と、誰にも聞こえないように小さな声で申し上げた。

女御様は、源氏の君がこそこそとご実家をお出入りなさるのも、人目(ひとめ)が気になると思っておられる。
王命婦を警戒して、さりげなく遠ざけていらっしゃることも王命婦にはつらいの。
< 9 / 19 >

この作品をシェア

pagetop