野いちご源氏物語 〇七 紅葉賀(もみじのが)
源氏の君はまたぐったりと横になって、藤壺の女御様と皇子のことをひたすらお考えになっている。
どれだけお考えになっても幸せなご将来など見えないから、源氏の君は若紫の君のお住まいへ行くことになさった。
お髪は乱れたまま、くつろいだお着物を羽織っただけでお出かけになる。
お部屋を覗いてごらんになると、姫君はひじ置きにもたれかかってお元気がなさそう。
源氏の君が内裏からお戻りになったのに、なかなか姫君のところへお顔を見せにこられないからすねていらっしゃるの。
いつものようにすぐに甘えにいらっしゃらない。
撫子の花が露に濡れて横たわっているようで、源氏の君にとってはそんなお姿もおかわいらしいのよね。
源氏の君がお部屋の端に座って、
「こちらへいらっしゃい」
とお声をおかけになるけれど、姫君はまだすねておられる。
「お会いできる時間よりも、恋しく思っている時間の方が長くて嫌になってしまうの」
と小さな声でおっしゃると、ご自分の言葉に恥ずかしくなったのか口元を袖で隠してしまわれた。
源氏の君は目を見張った。
動揺を隠しながら、
「おやおや、いつの間にそんなに大人びたことをおっしゃるようになったのだろう。あまり頻繁にお会いすると、私に飽きてしまわれるのではと心配しているのですよ」
とおっしゃる。
女房にお琴を用意させて、姫君にお教えになる。
姫君はいつまでもすねていることはなさらない。
とてもよい音色でお弾きになったわ。
まだお体が小さいので、腕をいっぱいに伸ばしてお琴の絃を押さえていらっしゃるのがおかわいらしい。
姫君はとても飲みこみがはやくて、難しい弾き方も一度で覚えてしまわれた。
何に対してもご聡明なので、源氏の君は満足していらっしゃる。
源氏の君は横笛を吹いて合奏なさった。
まだたどたどしくはあるけれど、拍子を間違わずに上手に演奏なさったわ。
暗くなってきたので灯りをつけて、ご一緒に絵をご覧になっている。
源氏の君の家来が、
「そろそろご出発を。雨が降りそうでございます」
と申し上げる。
姫君は、源氏の君が出かけてしまうことを心細く思って、小さくなっていらっしゃる。
絵をご覧になるのをやめてうつ伏せてしまわれたので、源氏の君はかわいそうにお思いになった。
美しいお髪がお顔にこぼれているのをなでながら、
「私が出かけていると寂しいのですか」
とお尋ねになる。
姫君はこくんとうなずかれた。
「私も一日でもあなたに会えないと苦しいのですよ。でも、何かとうるさいことを言ってくる女性がいらっしゃいますからね。今はあちこちを回って、恨みを買わないようにしなければなりません。あなたはまだ幼いから、本当の意味で私を恨むことはないと安心しているのです。あなたが大人におなりになれば、他の女性のところへなど行きませんよ。誰かに恨まれると、呪われて早死にすると言うでしょう。長生きして心ゆくまであなたと一緒に暮らしたいから、こうして出かけるのです」
と源氏の君はご説明なさる。
姫君は恥ずかしくなってお返事をなさらない。
そのまま源氏の君のお膝に寄りかかって眠ってしまったの。
「今夜は出かけるのをやめる」
と源氏の君は家来におっしゃった。
女房たちはお夕食の準備を始める。
源氏の君が姫君を起こして、
「出かけるのはやめましたよ」
とお教えすると、姫君はうれしそうにお起きになったわ。
ご一緒にお食事を召し上がる。
姫君は、
<もしかしたら今からでも出かけてしまわれるかもしれない>
と不安になって、お食事の途中で、
「もうそろそろお休みになった方がいいわ」
とおっしゃる。
源氏の君は、
<こんなにかわいらしい子を残して、いったいどこへ行けるというのだろう>
と思っていらっしゃった。
どれだけお考えになっても幸せなご将来など見えないから、源氏の君は若紫の君のお住まいへ行くことになさった。
お髪は乱れたまま、くつろいだお着物を羽織っただけでお出かけになる。
お部屋を覗いてごらんになると、姫君はひじ置きにもたれかかってお元気がなさそう。
源氏の君が内裏からお戻りになったのに、なかなか姫君のところへお顔を見せにこられないからすねていらっしゃるの。
いつものようにすぐに甘えにいらっしゃらない。
撫子の花が露に濡れて横たわっているようで、源氏の君にとってはそんなお姿もおかわいらしいのよね。
源氏の君がお部屋の端に座って、
「こちらへいらっしゃい」
とお声をおかけになるけれど、姫君はまだすねておられる。
「お会いできる時間よりも、恋しく思っている時間の方が長くて嫌になってしまうの」
と小さな声でおっしゃると、ご自分の言葉に恥ずかしくなったのか口元を袖で隠してしまわれた。
源氏の君は目を見張った。
動揺を隠しながら、
「おやおや、いつの間にそんなに大人びたことをおっしゃるようになったのだろう。あまり頻繁にお会いすると、私に飽きてしまわれるのではと心配しているのですよ」
とおっしゃる。
女房にお琴を用意させて、姫君にお教えになる。
姫君はいつまでもすねていることはなさらない。
とてもよい音色でお弾きになったわ。
まだお体が小さいので、腕をいっぱいに伸ばしてお琴の絃を押さえていらっしゃるのがおかわいらしい。
姫君はとても飲みこみがはやくて、難しい弾き方も一度で覚えてしまわれた。
何に対してもご聡明なので、源氏の君は満足していらっしゃる。
源氏の君は横笛を吹いて合奏なさった。
まだたどたどしくはあるけれど、拍子を間違わずに上手に演奏なさったわ。
暗くなってきたので灯りをつけて、ご一緒に絵をご覧になっている。
源氏の君の家来が、
「そろそろご出発を。雨が降りそうでございます」
と申し上げる。
姫君は、源氏の君が出かけてしまうことを心細く思って、小さくなっていらっしゃる。
絵をご覧になるのをやめてうつ伏せてしまわれたので、源氏の君はかわいそうにお思いになった。
美しいお髪がお顔にこぼれているのをなでながら、
「私が出かけていると寂しいのですか」
とお尋ねになる。
姫君はこくんとうなずかれた。
「私も一日でもあなたに会えないと苦しいのですよ。でも、何かとうるさいことを言ってくる女性がいらっしゃいますからね。今はあちこちを回って、恨みを買わないようにしなければなりません。あなたはまだ幼いから、本当の意味で私を恨むことはないと安心しているのです。あなたが大人におなりになれば、他の女性のところへなど行きませんよ。誰かに恨まれると、呪われて早死にすると言うでしょう。長生きして心ゆくまであなたと一緒に暮らしたいから、こうして出かけるのです」
と源氏の君はご説明なさる。
姫君は恥ずかしくなってお返事をなさらない。
そのまま源氏の君のお膝に寄りかかって眠ってしまったの。
「今夜は出かけるのをやめる」
と源氏の君は家来におっしゃった。
女房たちはお夕食の準備を始める。
源氏の君が姫君を起こして、
「出かけるのはやめましたよ」
とお教えすると、姫君はうれしそうにお起きになったわ。
ご一緒にお食事を召し上がる。
姫君は、
<もしかしたら今からでも出かけてしまわれるかもしれない>
と不安になって、お食事の途中で、
「もうそろそろお休みになった方がいいわ」
とおっしゃる。
源氏の君は、
<こんなにかわいらしい子を残して、いったいどこへ行けるというのだろう>
と思っていらっしゃった。