野いちご源氏物語 〇七 紅葉賀(もみじのが)
(みかど)ご自身はというと、お年を召しても美しい女性がお好きでいらっしゃる。
内裏(だいり)には美人の女官(にょかん)がたくさんいるの。
その人たちに手をつけていらっしゃれば帝のお耳にも入ったでしょうけれど、源氏(げんじ)(きみ)は内裏で働く女性にはご興味がない。
もちろん源氏の君の気を引こうと声をかける人もいるけれど、源氏の君は当たり障りのないお返事しかなさらないの。
女官たちは、源氏の君の恋人になろうだなんて恐れ多いことは望んでいないのよ。
美しい貴公子と恋愛ごっこを楽しみたいだけ。
それなのに全然相手にしてくださらないから、
「真面目すぎてつまらない」
と言われていたほどよ。

そんな美人ぞろいの内裏に、「典侍(ないしのすけ)」と呼ばれる老女官(ろうにょかん)がいた。
良い家柄の出身で教養が深く、帝も一目(いちもく)置かれている。
見た目も、若いころはさぞ美しかっただろうと思わせるような人なの。
ただね、この老女はいつまでも男好きなのよ。
<こんな年になっても男好きとは、どういうことだろう>
と源氏の君はご興味をおもちになる。
それで少し気を引くようなことをおっしゃると、典侍は遠慮もせずにお相手するつもりでいる。
さすがにためらわれたけれど、好奇心が勝ってしまわれたようね。
源氏の君は典侍と関係をもたれた。
でもこのことは誰にも知られたくないとお思いになって、その後はつれなくなさるの。
典侍は悲しんでいたわ。

典侍は帝のお(ぐし)を整えるお仕事を担当していた。
ある日、そのお仕事がすんで一人でぼんやりしていると、源氏の君が通りかかられたの。
典侍は若作りともいえるほど美しい着物を着ていて、長い髪も座っている姿勢も美しい。
源氏の君は素通りはおできにならない。
<あれほどつれなくして、どう思っているだろう>
と、典侍の着物の(すそ)を少し引いてごらんになる。
典侍は派手な(おうぎ)で顔を隠してふりむいた。
色っぽいまなざしをしているけれど、目は年寄りらしく落ちくぼんで、髪もぱさぱさしているの。

源氏の君は、
<若々しい柄の扇だな>
と苦笑いなさって、ご自分の扇と交換なさる。
よくご覧になると、真っ赤な紙に森の絵が描かれていて、金も塗ってあるの。
扇の紙の端に典侍の上手な字で、
「この森も寂しそうだけれど私も寂しい。どなたからも見向きもされないのですもの」
と書かれている。
<わざわざずいぶんと色めいたことを書くではないか>
とお思いになって、おからかいになる。
「この森には鳥の愛の巣がたくさんあるだろう。そなたのところへも、本当はたくさんの男性が来ているのではないか」

源氏の君はこのようなところを人に見られたら困ると思って、そろそろ離れようとなさる。
でも典侍は気にしない。
「あなた様が森に入ってきてくださるのなら、よろこんでお待ちいたします」
と色っぽく言う。
「私などが入ろうとしたら、他の男性たちに追い出されてしまいそうだからね。やめておこう」
と言って立ち上がろうとなさると、典侍はお引きとめする。
「こんな気持ちは生まれて初めてなのです。この年になって恥ずかしいことではございますけれど」
と申し上げて泣くの。
源氏の君は面倒になってしまわれて、
「すぐにまた、行けるときに会いに行こう。いつもあなたを思っているのだけれど」
と、適当なことをおっしゃって歩きだされる。
「『行けるときに行く』とおっしゃって、本当に来てくださった方などいませんよ」
と、去っていかれる源氏の君の後ろ姿に向かってお責めするのを、なんと帝が物陰(ものかげ)からご覧になっていたの。

<ずいぶんと年の離れた恋人同士だな>
とおもしろくお思いになる。
物陰から笑いながら出ていらっしゃって、
「源氏は真面目すぎると女官たちが不満そうにしていたが、いやはや、そうでもなかったのだな」
と典侍にお声をおかけになる。
典侍は恥ずかしいと思うけれど否定はしない。
意外な話として噂は広まり、頭中将(とうのちゅうじょう)様が聞きつけてしまわれた。
<恋の相手として老女は見落としていた。典侍は男好きだという。どのような人だろうか>
と気になって、さっさと関係をもってしまわれたの。
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