野いちご源氏物語 〇七 紅葉賀(もみじのが)
内裏(だいり)での元日の儀式が終わると、源氏(げんじ)(きみ)左大臣(さだいじん)(てい)に行かれた。
左大臣(さだいじん)様の姫君(ひめぎみ)である奥様に、新年のご挨拶をなさる。
奥様はいつものように、つんと澄ましていらっしゃるだけで、やさしいご様子はないの。
源氏の君は息が詰まって、
「今年からは妻らしく打ち解けようと思ってくださったら、私はどんなにうれしいでしょう」
とおっしゃるけれど、奥様はそんなつもりにはおなりになれない。
特に、「二条(にじょう)(いん)に女性をお迎えになったらしい」という(うわさ)をお聞きになってからは、
<その女性を正妻(せいさい)のように扱いたいとお思いなのだろう。なんとまぁ私は軽んじられたことよ>
(うら)んでおられる。

元日の今日、源氏の君は十九歳、奥様は二十三歳になられた。
奥様は左大臣家の姫君として大切に育てられて、人から軽んじられたことなどおありでないの。
源氏の君とご結婚なさる前は、ご自分は東宮(とうぐう)様とご結婚すると信じておられた。
東宮様からも大切にされて、ゆくゆくは内裏で一番のお(きさき)様になる自信だっておありになったはずよ。
それが四つ年下の、しかも皇族からただの貴族になってしまった源氏の君とご結婚なさることになってしまったのだもの。
源氏の君に素直になれないのも当然かもしれないわ。

ご結婚当初、十二歳の幼い夫君(おっとぎみ)に対して、優しい姉のような奥様になれたらよかったのかもしれない。
でも、奥様のご性格からしても、お育ち方からしても、それはできなかった。
夫君にどう接したらよいか迷っておられるうちに、源氏の君はどんどん大人になっていかれる。
いろいろな恋を知って、ご自分のところからどんどん遠ざかっていかれるような気がなさったの。
そうなったらいっそ、妹のように甘えてしまうのが楽よね。
でも、今さらかわいらしく甘えられる?

源氏の君は、甘えてくださればよいと思っていらっしゃった。
ご自分は十分大人になったのだから、それを受け止められると自信をもっていらっしゃった。
それなのに奥様は、年下の夫に甘えたら、東宮妃(とうぐうひ)になるために身につけた最上級の美しさと教養が傷つくと思っておられる。
そのことが源氏の君はご不満なの。
こうやっておふたりの思いはすれ違っていってしまったのね。

源氏の君は、奥様が恨んでおられることに気づかないふりをして、うるさいほどにお話しかけになる。
すると奥様は完全に無視することはなさらない。
困った顔で苦笑いして、少しだけ何かおっしゃるの。
奥様は意識しておられないだろうけれど、そういうときには上品な優しさとおかわいらしさが伝わってくるのよ。
源氏の君はそのご様子をご覧になって、
<心の芯まで冷たい方ではないのだ。このようにご立派な方を愛しきれず、浮気ばかりしているから、私は恨まれてしまうのだろう>
とお思いになる。

左大臣様は、婿君(むこぎみ)の源氏の君がめったに姫君のところへいらっしゃらないことを(なげ)いておられた。
それでもたまにお越しになったときには、恨みも忘れて大切にお世話なさるの。
源氏の君が翌朝早くからお着替えをなさっていると、左大臣様がいらっしゃって、なんとお着替えを手伝おうとなさる。
あげくには源氏の君にお(くつ)まで履かせてさしあげようとなさるのだから、なんだかお気の毒なくらいよ。

そして、家宝のなかから宝石のついた帯を差し上げて、今つけるようにおっしゃるの。
「これはあまりにすばらしいお品ですので、内裏(だいり)で儀式があるときに使わせていただきましょう」
と源氏の君がさりげなく遠慮なさると、
「いえいえ、その際にはもっとよいものを差し上げます。これはただ目新しい細工がしてあるだけのものでございますので」
とおっしゃって、つけさせてしまわれる。
源氏の君のお世話をすることは左大臣様の生き甲斐(がい)になっていて、
<たまにであっても、このようにご立派な婿君をお迎えしたりお見送りしたりすること以上の幸せがあるだろうか>
と思っていらっしゃった。
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