Simple-Lover
Love relationship
◇
ヒロにいと幸せなクリスマスを過ごせた翌々日。
スマホにヒロにいからメッセージが入った。
『昨日友香里と話した。今日は羽純と話をしてくるから』
今まで、羽純さんとどこでどう会って何をしてるかなんて、知らせてこなかったのに。
“ヒナを守る”
…自分の人間関係を壊すかもしれないって、ストレスだよね。
ヒロにいが、私の為に頑張ってくれてるんだって、この一文だけで伝わる。
私は、ちゃんとそれに応えて受験勉強に集中しなければ。
改めて、気合を入れた所でインターホンが鳴って、その後「ひなー!お客様!」とお母さんの声が聞こえてきた。
…誰だろう。
西山先生が来るには少し早いし…そもそも先生ならお母さんは、「西山先生がいらっしゃった」っていつも言うし。
1階に降りて行って玄関に立つ人が誰だかわかって、思わず少し目を見開いた。
羽純…さん…。
「ごめんね、ヒナちゃん。押しかけてしまって…。今、少し時間がある?」
「…なんでしょう。これから家庭教師が来るので、できればまたにして頂ければと思うのですが。」
丁寧に断ると、少し悲しそうな顔をする羽純さん。
「そっか…うん。ごめん。今から“ヒロと出かける”からね?先にヒナちゃんと話せたらって思って。ダメかな。」
もしかして…ヒロにいと出かけるって事をわざわざ言いに来た?
友香里さんを通してではなく、自分で…。
“羽純にかなりキツイ事言っちゃったからさ”
…来るなら友香里さんが来ると思ったけど、昨日話したってヒロにいは言ってたから…もしかしてそのせいかな。
それにしても、自分勝手だな。
相手の状況とか、考えないのかな…私、“今は話せない、またにしてくれ”って言ったのに。
そもそもこうやってアポなしで来ること自体……いや、それは逆にこのご時世、親しくないからこうするしかないって事なのかな。
ふうと、一つ息を吐く。
ここで、押し問答してたら、お母さんが仕事に集中できないし、仕方ない。
「…すみません、母も仕事中ですので、家の中で話すのは無理なので、すぐそこの公園でも良いですか?」
そう言って上着を羽織り、靴を履いて家を出る。
そのまま近くの公園へと二人で向かった。
冬休みに入ったせいか、近所の小学生が複数遊んでいて比較的賑わっている印象の公園。
…昔、ここでもよく遊んだな、ヒロにいと。
と、いうかヒロにいが遊んでくれてたって感じだけど、今思えば。
あの砂場でおままごととか…私が3歳くらいの時だっけな…ヒロにいが5歳で…
『ヒロにい、おとーしゃん!ヒナがおかーしゃんね!はい、ごはんどーぞ!』
『はいはい。いただきます。』
『おとーしゃん!“はい”はいっかい!』
『…うちのお母さんみたい。ヒナ。』
『ちがうもん!ヒナはヒロにいのおよめしゃん!』
「わかったって」とヒロにいが私の頭を優しく撫でてくれた記憶が蘇る。そこに「ヒナちゃん」と羽純さんの声が入り込んできて、現在に時を戻された。
「…さっきも言ったけど、ヒロと今日これから会うの。ヒロに誘われて…。」
「…はい。ヒロにいから聞いてます。」
私の返答に、「え?」っと目を大きく見開く羽純さん。
その表情に、逆に私は、キョトンと首を傾げて見せた。
「…すみません。ヒロにいから『今日羽純さんに会う』ってメッセージを貰ってるので。というか、その前の…クリスマスの出来事も少し伺いました。」
「そ、そっか…二人は何でも話をするんだね。あ、でも!それじゃあ…今日私とヒロが会うことについて、ヒナちゃんも認めてるってことだよね。」
そう言って余裕の表情に戻る羽純さん。
「…ヒロは今、努力をしてる。ヒナちゃんから解放されるっていう努力を。それで、私が色々言っちゃったから、クリスマスの時は混乱したのかなって。だから、今日はゆっくり二人で話ができたらって思ってるんだ。
それで…お互いの想いを確認したい。すぐに自覚は無理でも、これからはもっと一緒に居る時間が増えるように私も努力したいって思ってる。」
「そう…ですか…。」
「ヒロと免許合宿に行ったのは、友香里から聞いてると思うんだけど…ごめんね。ヒナちゃんの事を考えれば、内緒にしておくべきだったよね。まさか、友香里が言いに行っちゃうなんて私も思わなくて。」
申し訳なさそうにそういうけれど、羽純さんの笑顔は至って穏やか。
話の内容からして、きっと…ヒロにいが私と別れて、羽純さんを選ぶってそう確信しているんだろうな。
だから、『今後は私達の事を邪魔しないで欲しい』というスタンスでの話なんだろうとヒシヒシと…。
「だから言ってんじゃん。俺を共犯にしないでよって。」
ベンチの後ろから、ため息混じりの呆れた声色で声が割って入った。
「ひ、ヒロにい…!」
「ヒロ…ど、どうして…」
「どうしてって…そりゃこっちのセリフなんだけど。つか、知らせてくれたんだよ、ヒナのお母さんが。」
私達が座るベンチの前に回ってきたヒロにいは、上から見下ろす形で、腕を組み目を細めて羽純さんを見る。
「俺と約束してるはずの羽純がどうして、ヒナと会ってんの?おかげで、仕事中のヒナのお母さんにまで手を煩わせることになったんだけど。」
「そ、それは…少し時間が早かったから…」
「そんな理由で、これから家庭教師の時間に入るヒナの貴重な時間を使わせてんの?ヒナ、受験生なんだけど。そこ、考えてる?」
「ご、ごめんなさい。私…気が回らなくて…」
申し訳なさそうにする羽純さんにふうと一つため息をつくと、スマホを手に取り、時間を確認する。
「…ヒナ、そろそろ西山先生来る時間じゃない?」
「あ…うん…。じゃあ、羽純さん、私はこれで…。」
「ご、ごめんね、ヒナちゃん…その…迷惑かけてしまって。」
「…それは、何についてですか?」
私がベンチから腰を上げながら、言われたことに問いで返すと、羽純さんは「だ、だから…」と何となく返答に困っている。
…本当は、別に謝ろうって思ってないんだろうな。その場しのぎで言った感じで。
「“迷惑”と言うならば、旅行で会った所からだと私は思いますが…とにかく、あの時言われた事のお返事だけしておきます。」
「あの時言われた…?」
ヒロにいが私の言葉に反応して首を傾げ眉間に皺を寄せる。
「“ヒロを解放してあげて欲しい”って言われたの、羽純さんに。」
「はあ?!ヒナにも言ったわけ?!」
「あのさ」と羽純さんに物言いそうになったヒロにいをちょっと待ってと止める。
…きっと、この先羽純さんに会うこともないだろうから。
ちゃんと、クギを刺しておこう、“彼女として”
「…私は、“相沢裕紀”の隣を譲る気はさらさらありません。それが、私の意思です。」
「ヒ、ヒナちゃん…」
何か言おうとした羽純さんに「それでは」と一礼すると、そのまま踵を返しその場を後にする。
後は…信じてヒロにいに任せよう。
気持ちは不思議と落ち着いていて、穏やか。足取りも軽く、自宅へと戻る。
机に向かうと、改めて、ふうと息を吐き、頭を一気に勉強へとシフト。
『脱皮した?』
西山先生の言葉がまた浮かんだ。
…確かに強くなったかも。
前に西山先生の言っていた、『自分の考えが正しいと思える意思』が少し身についたってこと…なのかな。
そこまで考えて、また一つ、ふっと短く息を吐くと、テキストに向かう。
…頑張ろう、私は私のやるべき事を。
◇
“相沢裕紀の隣を譲る気はない”
…すげーこと言われたな、また。
ヒナが立ち去った後オロオロとしている羽純を前にしているのに、思わず頬が緩んで慌てて口元を掌で覆った。
それから、ヒナが座ってた所に座る。
懐かしいな…ここの景色。
そういや、ヒナ、『ヒナはヒロにいのおよめしゃん!』って言ってったけ。
あれ、何歳位の時だろう…確か…。
「あ、あの…ヒロ…。」
昔の記憶が蘇り出したら、そこに羽純の声が混じる。
やばっ、ニヤケ顔になってたかな。
意識的に顔を引き締めた。
「羽純、まずは、クリスマスの時の事、謝らせて。ごめん。色々キツイ口調で言っちゃって。」
「そ、そんな…大丈夫だよ。」
俺が少し頭を下げたら、羽純は恐縮して、両手を振って見せる。
「…だけど、今日の事も含めてヒナにしていることは、許せることじゃないから。しかも、さっきの話だと、少し誤解を招くような言い方してるよね。
俺、羽純と“一緒に”免許合宿行ってないけど。向こうに着いたら、居たって知ったわけだしさ。」
「で、でも向こうではほとんど一緒に居たし…」
「それは、羽純に限らず、友達がいれば自然にそうなるでしょ。」
俺の言葉に、羽純はクッと唇を少し噛み締め、瞳を揺らし、悲しそうな表情を浮かべる。
“友達以上だ”と思わせてしまったのは、俺の言動。だから、羽純をこんな風に俺が傷つけるのはどうかと思う。
『最低!』
友香里の言葉がふと浮かんだ。
まあ…友香里、お前もなって話だけど。
人間、欠陥があって然りってことだよね。だからこそ、ヒナを守るためにもはっきり言わないといけない、羽純にも。
「…ヒナを傷つけるような言動をして、迷惑かけて…」
「私、そんなつもりないよ!」
「じゃあ聞くけど、ヒナ以外にも、あんな感じで接してるわけ?アポなしで相手の迷惑考えないでいきなり訪ねて行って、自分の都合で連れ出すとか。」
「そ、それは…」
「もしそうなら、今後はもっとよく考えた方が良いと思うけど。」
俺のキツイもの言いに、羽純の表情は硬くなり顔色も青くなる。眉間に皺を寄せて、瞳が潤いを増した気がした。
けれど、横からは吹いてきた風に、その髪がふわりと揺れると、それを耳にかけてから、羽純は笑顔を作った。
「…その通りだね。私、これからは気をつける。」
「うん、そうした方が良いと思う。」
「後で、ヒナちゃんにも謝ろうかな。」
「それは良いよ、俺が言っとく。」
「それじゃあ意味ないよ!誠意が伝わらないでしょ?伝言なんてそれこそ失礼!時間とか場所とかはちゃんとヒロと相談するから。」
「……わかった。いつかね。」
「ありがとう」と穏やかに笑う羽純。
「私…やっぱり色々抜けてる所があるよね。いつもヒロに頼っちゃって、助けられてて…本当にありがとう。感謝してる。もっと自分でも頑張るからね!」
……今までなら。
「や、無理でしょ羽純は」なんて言ってからかって、二人で笑って…なんて会話だったけど。そういうやりとりやノリがダメだったってことだよね。
「…まあ、頑張って。羽純なら大丈夫じゃない?圭人も敦弘も、羽純はしっかりしてるって言ってたし。」
「え…う、うん…そっかな。ドジしてばっかだけど…。頑張れるかな。」
「うん、大丈夫だって思うよ、俺も。」
「で、でもさ…えっと…」
いつも通りの展開に行かない事を明らかに焦り始めている羽純。そんな羽純に申し訳なさを感じつつ、けれど言わなきゃと腹に力を込めた。
「…前にさ、羽純が『ヒロはもう解放されて良いと思う、幼馴染のヒナちゃんから』って言ったの覚えてる?」
「う、うん…」
「俺も、それに関してはそうだって思った。」
「そ、そっか。うん、それが良いよね!」
俺の言葉に、羽純は戸惑いが消え、パッと表情が明るく変わり、目を細めて嬉しそうにする。
「確かにさ、幼馴染からはいい加減卒業したいよね、彼氏なんだし。」
けれど、そう言ったら、そのまま顔がフリーズする羽純。
傷つけまくってんな…羽純のこと。でも、最後まで言わなきゃ。
「…羽純さ、合宿の時に『側から見てる私は悔しいって思う』って言ってくれたじゃん。俺の労力をヒナが知らないって。」
「うん…。」
「でも、ヒナは知ってるんだよね、そういうの。つか、俺自身より感じ取ってることのが多い。」
「え…?」
「今年の三月の伊豆旅行の時、本当はヒナは自分の分は貯めたお小遣いで出すつもりだった。でも、俺が勝手に宿予約して振り込み完了して。塾の迎えも両親が全部する予定だったのをおばさん達に勝手に俺が掛け合って水曜日の迎えを自分が行くようにねじ込んだ。北海道の旅行だってヒナは電車で周るつもりだったのを俺が車の免許取るって言ったし。全部、俺が自分の”欲”のために強引にやってることなんだよ。」
「で、でも…それにヒナちゃんは乗っかってるわけでしょ?結果的に。」
「良いんだよ、俺は見返りに”欲”を叶えて貰ってるわけだから。」
「“欲”…。」
「そう。“ヒナと居る”“ヒナが俺を好きでいてくれる”…ドン引きした言い方すれば“ヒナへの独占欲”」
俺の言葉に思わず羽純がコクリと喉を鳴らした。
まあ、引くわな、“独占欲”とか言っちゃったら。でも、いいや。とにかく伝わって欲しいから。
俺は、独占してでも、ヒナを手放したくないって。
「…解放されたくないわけ、俺は。“山本陽菜”から。」
ひゅうと横から風が吹いてきて、羽純のウェーブの長い黒髪がまた揺れる。
それとともに
「待って!」「早く!」
なんて子供の無邪気な声が届いてきた。
「ヒロ…さっきも言ったけどね?少しずつで良いと思うよ?ヒナちゃんへのこだわりを消して行くのは…」
「や、少しずつでも無理だから。」
言葉を遮るように、キッパリとそう言うと、羽純の目が困惑し潤いが増す。
「…これじゃあ、クリスマスの時と同じだよ?ヒロ。また言い争いになっちゃう。私はそんなの望んでいないから。ヒロがちゃんとこだわりをなくしてくれるのを待つから。」
「…それは、本当にごめん。」
「ヒロ…」
「羽純がいくら待っても、俺はヒナから離れない。そもそも、拘ってるわけじゃなくて、本当に山本陽菜が好きなだけ。」
クッと羽純が唇を噛み締める。
「…今のヒロと話ても仕方ないかもね。もう少し時間が経たないと。」
「そう?経っても一緒だと思うよ?ヒナはああ言ってたけど…俺だって同じ。山本陽菜の隣は絶対に譲らないし、俺の隣をヒナに譲らせない。その為にこれからもダメな所は反省するし、直していくし…努力もする。」
「な、何で…どうしてそんなに…ヒナちゃんが優先なの…?わ、私だって…ヒロに近しい存在になれてきたって…」
「…そうだよね、俺の態度のせいで、ごめん。友香里にもかなり怒られた。」
「ひ、ひどい…よ…ヒロ…。私…ヒロが好きなのに…。」
「…ごめん。」
「ヒロだって…私の事…」
「そう思わせた俺が悪い。」
「……っ」
羽純の目からポタポタと涙が溢れて来る。
俺がそこに、ハンカチをそっと差し出した。
「…でもね、羽純。それとヒナに何かするのは違うから。
それはもうやめて欲しい。今日みたいに、ヒナの都合も考えないでアポなしで訪ねて来るとか…今までの事も。友香里の一存なのかもしれないけど、それでも俺の目から見れば、友香里を使ってヒナに仕掛けたって思っちゃう部分もあるから。まあ…俺がヒナ寄りに歪んでるからかもしれないけど。」
「わ、私…そんな…」
「友香里ともよく話をした方がいいよ。羽純のこと、好きだってあんなに言ってくれる人なんだし。」
「……。」
俺の言葉がどれくらい、羽純に届いたかは定かではない。
ポタポタと涙を流した後、少しふうと息を吐いた。
「…私、帰る。」
「そ?」
「うん。ヒロ、今日は会ってくれてありがとう。それから…ヒナちゃんちに押しかけてごめんなさい。だけど、私やっぱり納得できないから。」
「羽純…。」
「ヒナちゃんの事じゃないよ。ヒロのこと。あれだけ私にちょっかい出してきて、好きじゃありませんて…期待を持たせるようなこと散々して、バカにしないで…って、言いたい。
ヒロにとっては私という友人との距離感がそれだったんだろうけど。
そして、私がタラシを好きになったってだけの話だと思う。
さっきは謝るって言ったけど、やっぱりヒナちゃんに対して話したこととかについて謝らない。だから、ヒロももう私と関わらなくていいから。」
じゃあね、と去っていく羽純に、少しの虚脱感を覚える。
“タラシ”…ね。
困ってる人が居たから助けたってことだけだったはずなんだけど。
“羽純って意外といろいろ出来るやつだよ”
敦弘の言葉を思い出す。
俺…ちゃんと羽純を見られてなかったんだな、多分。
ちょっと困っている程度を大袈裟に助けたってことだったのかも。
ふうとため息を吐き出して、見上げた空は、透き通る冬の空に、ぽっかりと白い雲が浮かんでいた。