傷痕は運命の赤い糸
跳ね返って転びそうになったところを、しっかりと、けれど優しく、両腕を掴まれ支えられる。
「気になるんです。あなたのことが」
「はい?」
なんの冗談かと賢人を見上げると、真っ直ぐな眼差しが紗世を捉えていた。
——目は口ほどに物を言う。
これも祖父の教えのひとつ。感情に嘘がある人間は目を見ればわかる、と。
紗世はそこまでの域に達することはできていないが、賢人が冗談で言っているとも思えなかった。それが、どういう意味の『気になる』なのかは、さっぱりわからないけれど。
「私の自惚れだったら笑って流してほしいんですが……」
居住まいを正して賢人と向き合う。
「その『気になる』が恋愛的な意味ならお断りします。全然タイプじゃないんです」
つまり、紗世が賢人に対して最初から目がハートマークにならなかったのは、そういうことだ。客観的に見て彼を格好いいとは思うけれど、恋愛対象としてのときめきは感じない。
「じゃあ、どういう人がタイプなんだ?」
笑われも流されもしなかったので、紗世は内心驚いた。これを告白と捉えていいのかわからないが、異性から好意を向けられるなんて何年振りだろう。
でも、付き合うなんて考えられないし、なにより出会ったばかりで告白まがいのことを言ってくる賢人を信用もできない。
「……チワワみたいな男性です」
嘘を吐いたわけではないが、あえて彼と真逆のものを言った。そうすれば、あっさり引いてくれると思った。
「チワワって……犬?」
「犬じゃないチワワって何ですか?」
チワワと聞くとイメージするのは、なにかに怯えているようにプルプル震えている小型犬。きゅるんとした目で見つめられると、思わず庇護欲を掻き立てられる可愛らしさがある。
「俺は、チワワには見えない?」
「見えるわけないですね」
ほぼ初対面なのに思わず突っ込みを入れてしまった。賢人に対しては庇護欲の『ひ』の字も浮かばない。
「賢人さんはドーベルマン……いや、違いますね。あの黒くて大きい感じの……ラブラドール・リトリバーみたいな——」
紗世がハッと我に返る。
——私はいったいなにを真面目に答えているんだろう……。
「とにかく!護衛は必要ないですし、気になるとか言われても困るので放っておいてください」
ツン、と顔を逸らして賢人の横をすり抜けて歩き出した。すると、行かせまいと言わんばかりに手首を掴まれた。
「帰りに迎えに来てくれるチワワはいないのか?」
「はい?」
こんなに真剣な様子の人からペットを飼っているか確認されるのは人生初の出来事なので、素っ頓狂な声が漏れてしまった。
「犬は飼っていませんけど……」
「そうじゃなくて。チワワみたいな恋人が迎えに来てくれたりしないのか?」
ふざけているのか喧嘩を売っているのか、それとも真面目に見せかけて紗世をからかっているのか、賢人の考えが全く読めない。
「チワワみたいな彼氏もドーベルマンみたいな恋人もいません!」
「だったらご家族は? とにかく、夜間にひとりで行動しない方がいい」
どうやら、本気で心配してくれているらしい。けれど、そもそも紗世は簡単に人に甘えられる性格ではない。
「両親にも生活があるので、迎えに来てなんて言えません。どうしてそんなに必死になるんですか?」
少しの沈黙が生まれる。賢人が逡巡したのち、口を開いた。
「……それは、」
ちょうどそのとき、タクシーが通りがかった。
賢人がパッと手を挙げて、それを捕まえた。
ふたりの前で止まったタクシーの後部座席に紗世を押し込み、
「これで彼女を家まで送りとどけてください」
と、一万円札を運転手に渡す。
「そんな、困ります! お金を払ってもらう理由がありません!」
「歩いて帰ってほしくないっていうのは俺の我儘だから。じゃあ気をつけて」
出発してください、と運転手に頭を下げて、賢人はドアを閉めてしまった。
一体全体、なんだったのだろう。わけが分からない。
しかし、突然現れた賢人のおかげで、紗世の不安は消えてなくなっていた。お化け屋敷でギャーギャーと怖がる友人を見て、逆に自分が冷静になる心理状態に似ている。
——また会えたら、ちゃんとお金返さないとなぁ。
わざわざ警察署まで返金に出向かなくても、何故だか賢人とはバッタリ道端で会えるのではないか、という予感がすることを不思議に思った。
「気になるんです。あなたのことが」
「はい?」
なんの冗談かと賢人を見上げると、真っ直ぐな眼差しが紗世を捉えていた。
——目は口ほどに物を言う。
これも祖父の教えのひとつ。感情に嘘がある人間は目を見ればわかる、と。
紗世はそこまでの域に達することはできていないが、賢人が冗談で言っているとも思えなかった。それが、どういう意味の『気になる』なのかは、さっぱりわからないけれど。
「私の自惚れだったら笑って流してほしいんですが……」
居住まいを正して賢人と向き合う。
「その『気になる』が恋愛的な意味ならお断りします。全然タイプじゃないんです」
つまり、紗世が賢人に対して最初から目がハートマークにならなかったのは、そういうことだ。客観的に見て彼を格好いいとは思うけれど、恋愛対象としてのときめきは感じない。
「じゃあ、どういう人がタイプなんだ?」
笑われも流されもしなかったので、紗世は内心驚いた。これを告白と捉えていいのかわからないが、異性から好意を向けられるなんて何年振りだろう。
でも、付き合うなんて考えられないし、なにより出会ったばかりで告白まがいのことを言ってくる賢人を信用もできない。
「……チワワみたいな男性です」
嘘を吐いたわけではないが、あえて彼と真逆のものを言った。そうすれば、あっさり引いてくれると思った。
「チワワって……犬?」
「犬じゃないチワワって何ですか?」
チワワと聞くとイメージするのは、なにかに怯えているようにプルプル震えている小型犬。きゅるんとした目で見つめられると、思わず庇護欲を掻き立てられる可愛らしさがある。
「俺は、チワワには見えない?」
「見えるわけないですね」
ほぼ初対面なのに思わず突っ込みを入れてしまった。賢人に対しては庇護欲の『ひ』の字も浮かばない。
「賢人さんはドーベルマン……いや、違いますね。あの黒くて大きい感じの……ラブラドール・リトリバーみたいな——」
紗世がハッと我に返る。
——私はいったいなにを真面目に答えているんだろう……。
「とにかく!護衛は必要ないですし、気になるとか言われても困るので放っておいてください」
ツン、と顔を逸らして賢人の横をすり抜けて歩き出した。すると、行かせまいと言わんばかりに手首を掴まれた。
「帰りに迎えに来てくれるチワワはいないのか?」
「はい?」
こんなに真剣な様子の人からペットを飼っているか確認されるのは人生初の出来事なので、素っ頓狂な声が漏れてしまった。
「犬は飼っていませんけど……」
「そうじゃなくて。チワワみたいな恋人が迎えに来てくれたりしないのか?」
ふざけているのか喧嘩を売っているのか、それとも真面目に見せかけて紗世をからかっているのか、賢人の考えが全く読めない。
「チワワみたいな彼氏もドーベルマンみたいな恋人もいません!」
「だったらご家族は? とにかく、夜間にひとりで行動しない方がいい」
どうやら、本気で心配してくれているらしい。けれど、そもそも紗世は簡単に人に甘えられる性格ではない。
「両親にも生活があるので、迎えに来てなんて言えません。どうしてそんなに必死になるんですか?」
少しの沈黙が生まれる。賢人が逡巡したのち、口を開いた。
「……それは、」
ちょうどそのとき、タクシーが通りがかった。
賢人がパッと手を挙げて、それを捕まえた。
ふたりの前で止まったタクシーの後部座席に紗世を押し込み、
「これで彼女を家まで送りとどけてください」
と、一万円札を運転手に渡す。
「そんな、困ります! お金を払ってもらう理由がありません!」
「歩いて帰ってほしくないっていうのは俺の我儘だから。じゃあ気をつけて」
出発してください、と運転手に頭を下げて、賢人はドアを閉めてしまった。
一体全体、なんだったのだろう。わけが分からない。
しかし、突然現れた賢人のおかげで、紗世の不安は消えてなくなっていた。お化け屋敷でギャーギャーと怖がる友人を見て、逆に自分が冷静になる心理状態に似ている。
——また会えたら、ちゃんとお金返さないとなぁ。
わざわざ警察署まで返金に出向かなくても、何故だか賢人とはバッタリ道端で会えるのではないか、という予感がすることを不思議に思った。