傷痕は運命の赤い糸
 やっと秋が来たな、と思ったら、急に日が暮れるのが早くなった。そして、あっという間に冬がやってくるのだろう。
 春夏秋冬、三か月ずつ上手に分ければいいのに、秋だけは体感的に一か月あるかないかというほどに短いような気がする。

 暗くなる時間が早くなると、変に焦燥感を抱いてしまうのは、自分だけだろうか。
 いつもは周りを気にせずに歩いていた道でも意識してみると、ここは街灯が少ないな、とか、あの辺は死角になっているな、などが目についてくる。
 賢人から「夜道は特に気をつけるように」と、しつこいくらいに言われるから、いつも以上に人の気配を探りながら帰るようになった。

 そういえば、自分は人の気配を鋭く感知できる方だと自負していたけれど、先日賢人が突然現れた時は、本当に驚いた。
 例えばジッと潜んでいても、人は必ず呼吸をしているし、発せられるオーラのようなものがあり、紗世は自分のパーソナルスペースに侵入者がいればすぐに気づける自信があった。
 けれど、急にその場にワープでもしてきたのではないかというほど唐突に、賢人は現れた。
 警察官だから隠密行動が得意なのかな、と考えていた時だった。
「ワンッ! キャンッ! キャンキャン!」
 紗世の数メートル先の電信柱に向かって、チワワが懸命に吠えている。
「こらっ、人に向かって吠えちゃダメだよ。すみませんね、いつもは大人しい子なんですけど」
 チワワのお飼い主であろうおじさんが、電信柱に頭を下げる。
「いえ、大丈夫です」
 散歩の邪魔してすみません、と飼い主とチワワに真面目に謝罪する声に紗世はそっと近づいて、
「何をしているんですか?」
 と、ひょこっと顔を出した。
「あ……」
 不意打ちだったからか、賢人は思いっきり困り顔をしていた。チワワから「構って構って」というように吠えれ続けて戸惑っている。
 まるで、小型犬に困らされる大型犬みたいに見えて、紗世は吹いてしまった。
「ホント、何してるんですか」
 言いながらくつくつと込み上げる笑いが止まらない。
 そんな紗世の様子を見て、賢人が破顔した。
 仕事中のキリッとした表情とは打って変わって、無防備にくしゃりと笑う。
 その表情はずるい。イケメン好きではない紗世でも、不覚にも心臓が脈を乱した。
「今日も紗世を驚かせて、また裏拳を受け止める予定だったのに」
 人差し指でこめかみを掻きながら、賢人が冗談なのか本気なのかわからないことを言う。
「もう! 送ってくれるなら送ってくれるで普通に現れてよ」
 思わずそう言い返して、しまった、と思った。これでは「いつでも来てね」と言っているようなものではないか。
「わかった。次から普通に会いに来るよ」
 賢人が嬉しそうに笑うから、「そういう意味じゃないのに」とは言い出せなかった。
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