傷痕は運命の赤い糸
事件は唐突に
目を開けると、仄暗い部屋の畳の上に転がされていて、視界には薄茶色に汚れた壁紙が映った。
足首には結束バンドが巻かれていて、起き上がることができない。手首も同じく、両方まとめて後ろ手で結束バンドで縛られていて、引きちぎるのは無理だった。少し動いただけでも、バンドが食い込み痛みが走る。硬いプラスチックが相手では、皮膚のほうが負けてしまう。
すると、突然男の声が降ってきて、紗世の肩がびくりと跳ねた。
「お目覚めかお姫様。ナイトがひとりでどっか行っちまって残念だったな」
声のする方に視線を向けると、いつぞやの刈り上げの男が、ニヤニヤと紗世を見おろしていた。
「あなた、あの時の……」
やはり、釈放されていたのか。そして、紗世に仕返しをする機会を狙っていたのだろう。
「なあ、こんな女さっさと売っちまおうぜ。あの警官がやたら俺らをマークしてたし、見つかったらめんどくせぇじゃんよ」
刈り上げの男の後ろには、金髪の男が気怠げに座っていた。
「嫌だね。俺はこの女が気に入ったんだ。これを俺の女にする」
男の言葉に寒気が走った。ただの復讐が目的ではないのか。
殴られることを想像するよりも、女として見られていることが気持ち悪い。
怯えを悟られないように、低く抑揚のない声を意識した。
「その様子じゃ、全然反省してないみたいね」
鼻で笑い、精一杯強がってみせる。こんな卑劣な奴らの前で、弱い自分なんて絶対に見せたくない。
本当は怖い。怖くないわけがない。
薬を嗅がされて気を失ったのか、頭がクラクラする。あれからどれくらいの時間が経ったのかもわからない。
クク、と男が喉を鳴らして低く笑った。
「そういう強気なところがたまんねえよホント。蹴られたときにビビッときたんだ。お前が俺の運命の女だってな」
気持ち悪さと恐怖で、全身に鳥肌が立った。
早く逃げ出したい。
ここは古いアパートの一室のようだけれど、どこなのか検討もつかない。
隣室に人がいるかもわからない今の状況で、大声で叫んで助けを求めるのは、リスクが高すぎる。
時間を引き延ばして、人の気配がした瞬間に叫べば、助けてもらえるかもしれない。可能性は低いが、今はそれくらいしか思いつかない。
さっきの男の発言に引っかかるところがあったので、それを引っ張り出して会話を試みた。
「あの警官って、あなたに手錠をかけた警察官のこと? 彼からマークされてたって、どういうこと?」
金髪が煩わしそうに舌打ちして、煙草を取り出した。ビールの空き缶を灰皿代わりに、あさっての方向に煙を吐き出す。紗世の質問に応える気はないらしい。
代わりに、刈り上げの男が紗世の隣にしゃがんで応える。
「俺たちが起こしたのはただのナンパ騒動だろ? なのにあのサツ、俺らの動向をずっと見張ってたんだ」
「なんで……」
「さあな。俺も思ったさ。——なんでバレたんだろう、って」
男の目がギラギラしている。この前酔っていた時とはまた違う。お酒の匂いはしないのに、どこかに意識が飛んでいるような。
「俺たちが女に声掛けしてたのを、ただのナンパだと思ったか?」
紗世が答えるより先に、男が言葉を続ける。
「女を売るんだよ。最初は無理やり攫おうとしたけど、抵抗されて失敗した。ある程度人の少ないところまで連れ出さないと叫ばれて面倒なことになる。俺ら紳士だからさ、合意の上ついてきてもらおうと思ってたんだよ。最初から口を塞げば簡単だったのにな」
恐怖を上回る嫌悪や憎悪の感情で、目を見開き固まる紗世を、愉しそうに見下ろす男。これは本当に、同じ人間なのだろうか。
「そんでさ、一部は海外に売り飛ばして、残りは絶対に逆らえないような写真を撮って、風俗で稼いできてもらう計画だったんだ。俺たちは働かなくても金が入る。頭良いだろ?」
人間ではないこの生き物と、会話が成立する気がしない。
紗世はぶつけられない怒りの感情のまま、唇を噛んで男を精一杯睨んだ。
足首には結束バンドが巻かれていて、起き上がることができない。手首も同じく、両方まとめて後ろ手で結束バンドで縛られていて、引きちぎるのは無理だった。少し動いただけでも、バンドが食い込み痛みが走る。硬いプラスチックが相手では、皮膚のほうが負けてしまう。
すると、突然男の声が降ってきて、紗世の肩がびくりと跳ねた。
「お目覚めかお姫様。ナイトがひとりでどっか行っちまって残念だったな」
声のする方に視線を向けると、いつぞやの刈り上げの男が、ニヤニヤと紗世を見おろしていた。
「あなた、あの時の……」
やはり、釈放されていたのか。そして、紗世に仕返しをする機会を狙っていたのだろう。
「なあ、こんな女さっさと売っちまおうぜ。あの警官がやたら俺らをマークしてたし、見つかったらめんどくせぇじゃんよ」
刈り上げの男の後ろには、金髪の男が気怠げに座っていた。
「嫌だね。俺はこの女が気に入ったんだ。これを俺の女にする」
男の言葉に寒気が走った。ただの復讐が目的ではないのか。
殴られることを想像するよりも、女として見られていることが気持ち悪い。
怯えを悟られないように、低く抑揚のない声を意識した。
「その様子じゃ、全然反省してないみたいね」
鼻で笑い、精一杯強がってみせる。こんな卑劣な奴らの前で、弱い自分なんて絶対に見せたくない。
本当は怖い。怖くないわけがない。
薬を嗅がされて気を失ったのか、頭がクラクラする。あれからどれくらいの時間が経ったのかもわからない。
クク、と男が喉を鳴らして低く笑った。
「そういう強気なところがたまんねえよホント。蹴られたときにビビッときたんだ。お前が俺の運命の女だってな」
気持ち悪さと恐怖で、全身に鳥肌が立った。
早く逃げ出したい。
ここは古いアパートの一室のようだけれど、どこなのか検討もつかない。
隣室に人がいるかもわからない今の状況で、大声で叫んで助けを求めるのは、リスクが高すぎる。
時間を引き延ばして、人の気配がした瞬間に叫べば、助けてもらえるかもしれない。可能性は低いが、今はそれくらいしか思いつかない。
さっきの男の発言に引っかかるところがあったので、それを引っ張り出して会話を試みた。
「あの警官って、あなたに手錠をかけた警察官のこと? 彼からマークされてたって、どういうこと?」
金髪が煩わしそうに舌打ちして、煙草を取り出した。ビールの空き缶を灰皿代わりに、あさっての方向に煙を吐き出す。紗世の質問に応える気はないらしい。
代わりに、刈り上げの男が紗世の隣にしゃがんで応える。
「俺たちが起こしたのはただのナンパ騒動だろ? なのにあのサツ、俺らの動向をずっと見張ってたんだ」
「なんで……」
「さあな。俺も思ったさ。——なんでバレたんだろう、って」
男の目がギラギラしている。この前酔っていた時とはまた違う。お酒の匂いはしないのに、どこかに意識が飛んでいるような。
「俺たちが女に声掛けしてたのを、ただのナンパだと思ったか?」
紗世が答えるより先に、男が言葉を続ける。
「女を売るんだよ。最初は無理やり攫おうとしたけど、抵抗されて失敗した。ある程度人の少ないところまで連れ出さないと叫ばれて面倒なことになる。俺ら紳士だからさ、合意の上ついてきてもらおうと思ってたんだよ。最初から口を塞げば簡単だったのにな」
恐怖を上回る嫌悪や憎悪の感情で、目を見開き固まる紗世を、愉しそうに見下ろす男。これは本当に、同じ人間なのだろうか。
「そんでさ、一部は海外に売り飛ばして、残りは絶対に逆らえないような写真を撮って、風俗で稼いできてもらう計画だったんだ。俺たちは働かなくても金が入る。頭良いだろ?」
人間ではないこの生き物と、会話が成立する気がしない。
紗世はぶつけられない怒りの感情のまま、唇を噛んで男を精一杯睨んだ。