傷痕は運命の赤い糸
 睨まれた男が、嬉しそうに紗世に手を伸ばしてくる。
「その目、やっぱりいいな」
 あごを掴まれて、全身が総毛立った。
「俺の女になるってんなら助けてやるよ」
「あなたの女になんか、死んでもならない!」
 大きく首を振ってあごに掛けられた手を振り払い、まとめられたままの両足で男を蹴った。
 しかし、縛られた足では、しゃがんでいる男に尻もちをつかせるくらいしかできなかった。
 這いずって逃げようと試みたが、芋虫の行進では逃げ切れるはずもない。
「どれくらいその強気が続くのか見ものだな。たっぷり泣かせてやるよ」
「いやっ!」
 仰向けにさせられて、男が馬乗りになってきた。
 セーターの裾から、全く心を許していない男の手が侵入しようとしている。
 生理的に受け入れがたく、全身に鳥肌がたった。体と心が、全力で男を拒絶している。

——いやだ! やだやだ、こんな男に触られたくない! お願いっ、だれか……!

「賢人っ……! 助けて! 助けてぇっ!」
 気がついたら、自分でも驚くほどの声量で助けを求めていた。
「うるせえ!」
 煙草を吸っていた金髪の男が、紗世の叫びに怒鳴り声をあげたのとほぼ同時に、玄関のドアがガンっと蹴り開かれた。
 土足のまま部屋に飛び込んできた賢人が、紗世に馬乗りになっていた刈り上げの男に、横から勢いよく蹴りを入れた。賢人がすぐさま体勢を整えて、紗世を背中で庇う。
 男から解放されほっとしたのも束の間、金髪の男が立ち上がってポケットから折りたたみナイフを取り出した。
 蹴り飛ばされた男は腕でガードしていたためダメージは少なく、すぐに起き上がって同じようにナイフを構える。
 二対一というだけでも不利なのに、賢人は紗世を守りながら戦わなければならない。
「お前いったい何なんだ! どうしてこの場所がわかった? なんで俺らをつけ回す」
 刈り上げの男が唾を撒き散らしながら吠える。
「貴様らに答える義理はない」
 ひどく鋭い目で、冷気すら感じる低い声で、賢人がそう吐き捨てた。
「スカした顔しやがって。俺はなぁ、お前みたいな男が大っ嫌いなんだよ! ぶっ殺してやる!」
 金髪の男が突進して、賢人に向かって刃を振り下ろした。
 賢人は僅かな動きだけで、ナイフを持っている男の手首を掴んで捻り上げた。重心を失った男はまるで操り人形のように、次の瞬間には賢人に背中を預けていた。強盗犯が包囲されてしまった時に、人質を取って背後から首に腕を回しているような格好だ。ただしひとつ違うのは、賢人には腕の中の人物を人質にするつもりがないということ。
 そのまま腕の力を強めて、男の首を圧迫していく。
 ぐ、と呻き声をこぼした男の顔が一瞬で真っ赤になる。
 必死に足をばたつかせ後ろに蹴りを入れようとしていた男の動きが鈍り、ナイフを落とした。そして、腕がだらりと下がり、全身の力が抜けたようにガクッと崩れ落ちた。
 完全に失神したようで、白目を剥いて口から泡を噴いている。
 そうなると、あとは賢人の独壇場だった。
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