傷痕は運命の赤い糸
刈り上げの男が怯んだ隙に間合いに入り、手首に拳を叩き込みナイフを落とす。
そして、とどめの一撃。
長い足でのしなやかな回し蹴りは曲芸のように鮮やかで、見惚れてしまうほどに美しかった。紗世のそれとは比べものにならない。
倒してからの動きもスムーズだった。
少しも淀みのない動きで、男たちの手首と足首を落ちていた結束バンドでまとめた。これで、目が覚めても男たちは反撃することもできない。
ひと通りの作業を終えると、賢人が駆け寄ってきた。
ふれるか、ふれないか、ギリギリのラインで、紗世の頬に手を沿わせる。
その手は震えていて、果敢に男達に立ち向かっていた姿とのギャップに、紗世の心臓がギュッと痛む。
「怪我してないか? 痛いところは?」
「……大丈夫」
さっきまでの鋭い目が嘘のように、泣き出してしまいそうな脆い瞳で紗世に謝ってくる。
ごめん、すまない、と何度も繰り返し呟きながら、肌が傷つかないように、慎重に拘束から解放してくれた。
壊れ物でも扱うように紗世の手を取って、そっと袖の下の、白く細い手首を丹念に確認してくる。
「すまない。助けるのが遅くなったばかりに……」
まるで自分が傷つけられたような痛々しい表情でつぶやく。
「赤くなってる」
結束バンドと素肌が何度も強く擦れて、部分的に薄皮が剥けてしまっていた。
「少し腫れるかもしれない。痛むか?」
「これくらい大丈夫。こんなの、怪我のうちに入らないから。全然痛くないよ」
本当にこんなものは擦り傷としても軽いもので、濡らした時に少し水が滲みるくらいでなんともない。
賢人がポケットから、高級ブランドのロゴが入っている薄手のハンカチを取り出して、それをビリっと二つに裂き、紗世の手首に丁寧に巻いてくれる。
「俺の前では、強がらないでくれ」
その声に、大きな慈愛を感じる。強がっている今は、優しさすら痛い。賢人の気遣いが、心の乾いた部分にじわりと染み込んだ。染み込んだところから柔らかくなり、固まっていたものがほろほろと崩れていく。それは、無理やり押し固めていた恐怖だったのかもしれない。
ぐっ、と喉が詰まる。
「………………怖かった」
一度言葉にして恐怖を認めたら、言葉と一緒にこぼれ落ちてくるものがあった。
気がついたら目頭が熱くなっていて、伝った涙が頬を冷やし、そこで自分が泣いているのだと自覚した。
——怖かった。殺されるかと思った。死にたくないと思った。でも、あんなヤツに犯されるくらいなら死んだほうがマシだと思った。
眠らされて攫われて目が覚めて、こんなに短い時間で強制的に自分の生死感と向き合わされた。
「アイツに、触られたとき、心の底から、気持ち悪かった……」
弱音を吐くほどに、涙も溢れてくる。引き付けを起こす子どものように、しゃくりあげながら紗世は泣いた。
触られたときや、馬乗りになられたときの男の感触が残っている気がして、すがるように賢人に抱きついて、胸に顔を埋めた。賢人の感触に塗り替えたかった。塗り替えてほしかった。
「ごめん。もっと早く助けに来られれば……いや、離れるべきじゃなかった。俺のせいだ。本当にごめんな」
違う、そうじゃないと伝えたくて、ぐりぐりとおでこを押し付けるように首を振る。
まだ涙は止まらない。指も声も震えている。
「助けにきてくれて、嬉しかった……」
命の危険を感じたとき、真っ先に思い浮かんだのが賢人だった。会いたいと強く願った。
——多分もう、とっくに好きになってたんだ……。
そして、とどめの一撃。
長い足でのしなやかな回し蹴りは曲芸のように鮮やかで、見惚れてしまうほどに美しかった。紗世のそれとは比べものにならない。
倒してからの動きもスムーズだった。
少しも淀みのない動きで、男たちの手首と足首を落ちていた結束バンドでまとめた。これで、目が覚めても男たちは反撃することもできない。
ひと通りの作業を終えると、賢人が駆け寄ってきた。
ふれるか、ふれないか、ギリギリのラインで、紗世の頬に手を沿わせる。
その手は震えていて、果敢に男達に立ち向かっていた姿とのギャップに、紗世の心臓がギュッと痛む。
「怪我してないか? 痛いところは?」
「……大丈夫」
さっきまでの鋭い目が嘘のように、泣き出してしまいそうな脆い瞳で紗世に謝ってくる。
ごめん、すまない、と何度も繰り返し呟きながら、肌が傷つかないように、慎重に拘束から解放してくれた。
壊れ物でも扱うように紗世の手を取って、そっと袖の下の、白く細い手首を丹念に確認してくる。
「すまない。助けるのが遅くなったばかりに……」
まるで自分が傷つけられたような痛々しい表情でつぶやく。
「赤くなってる」
結束バンドと素肌が何度も強く擦れて、部分的に薄皮が剥けてしまっていた。
「少し腫れるかもしれない。痛むか?」
「これくらい大丈夫。こんなの、怪我のうちに入らないから。全然痛くないよ」
本当にこんなものは擦り傷としても軽いもので、濡らした時に少し水が滲みるくらいでなんともない。
賢人がポケットから、高級ブランドのロゴが入っている薄手のハンカチを取り出して、それをビリっと二つに裂き、紗世の手首に丁寧に巻いてくれる。
「俺の前では、強がらないでくれ」
その声に、大きな慈愛を感じる。強がっている今は、優しさすら痛い。賢人の気遣いが、心の乾いた部分にじわりと染み込んだ。染み込んだところから柔らかくなり、固まっていたものがほろほろと崩れていく。それは、無理やり押し固めていた恐怖だったのかもしれない。
ぐっ、と喉が詰まる。
「………………怖かった」
一度言葉にして恐怖を認めたら、言葉と一緒にこぼれ落ちてくるものがあった。
気がついたら目頭が熱くなっていて、伝った涙が頬を冷やし、そこで自分が泣いているのだと自覚した。
——怖かった。殺されるかと思った。死にたくないと思った。でも、あんなヤツに犯されるくらいなら死んだほうがマシだと思った。
眠らされて攫われて目が覚めて、こんなに短い時間で強制的に自分の生死感と向き合わされた。
「アイツに、触られたとき、心の底から、気持ち悪かった……」
弱音を吐くほどに、涙も溢れてくる。引き付けを起こす子どものように、しゃくりあげながら紗世は泣いた。
触られたときや、馬乗りになられたときの男の感触が残っている気がして、すがるように賢人に抱きついて、胸に顔を埋めた。賢人の感触に塗り替えたかった。塗り替えてほしかった。
「ごめん。もっと早く助けに来られれば……いや、離れるべきじゃなかった。俺のせいだ。本当にごめんな」
違う、そうじゃないと伝えたくて、ぐりぐりとおでこを押し付けるように首を振る。
まだ涙は止まらない。指も声も震えている。
「助けにきてくれて、嬉しかった……」
命の危険を感じたとき、真っ先に思い浮かんだのが賢人だった。会いたいと強く願った。
——多分もう、とっくに好きになってたんだ……。