傷痕は運命の赤い糸
 ぽんぽんと背中を優しく叩かれている間に、応援の警察官が駆けつけてきた。
 手錠をかけられて連行されるふたりは、まだ意識が朦朧としているようで、ふらふらしながら警察官に支えられていた。
 涙が引いたところで、賢人が先に立ち上がった。
「紗世は念のために病院での検査が必要だ。足は挫いてないか?」
 取り乱した恥ずかしさと、恋を自覚した照れくささで、視線を外しながらこくりと頷いた。
「じゃあ、俺たちも行こう」
 再び頷いて、じっと紗世を見下ろしている賢人を見上げた。
 てっきり、手を差し伸べてくれると、そして引っ張り上げて立たせてくれるだろうと思っていた。けれど、賢人からは一向に手が差し伸べられる気配がない。
「え……?」
 思わず首を傾げた。すると、
「自分で立てるだろう?」
 と、言われた。
 言葉だけを取ると、まるで突き放されているようだ。だけど、賢人から発せられたそれは、突き放すとは対極の意味を感じさせた。
「ここで自力で立てるなら、きっとこのつらい出来事も自分の力で乗り越えられるはずだから。……頑張れ」

 その瞬間、ぶわっと昔の記憶が蘇った。
 昔、まだ紗世がランドセルを背負っていたころ、変質者に襲われたとき。

『ここで自分の力で立てたら、きっとこの先も自分で立ち上がれるよ』

 次にくる言葉も、たぶん紗世は知っている。
「どうしても自分で立ち上がれないなら、つかまっていいから。俺がここにいる」
 賢人が紗世の目の前に、手を差し出してくる。

 子どもの頃のあの出来事と、目の前にいる賢人は関係ないはずなのに、どこか重なって見えた。
 戸惑いながらも、紗世は自力で立ち上がった。

——そうだ、私はあんな人たちに傷つけられて、立ち止まったりなんかしない。私は、自分の力で立てる足がある。

「えらいな、よく頑張った。もう大丈夫だからな」
 労わるような笑みで、頭をふわりと撫でられた。
 そして、掛けられたその言葉にも覚えがあった。
 あるひとつの疑念が脳裏をよぎる。
 その疑念が、紗世が自覚したばかりの恋心を、まだ育ててはいけないといっている。
 懐かしいような、切ないような、腹立たしいような、言語化することができない胸苦しさを覚えた。
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