傷痕は運命の赤い糸
 高層階のホテルの、最上階のレストランの窓際。
 眼科に見える夜景は散りばめられたダイヤモンドみたいに輝いていて、こんなに素敵な場所で賢人と向かい合っていることが現実だとは思えなかった。

 先日のお詫びと、それとは別に話したいことがあると呼び出されたのだ。
 保育園に迎えに来てくれた賢人は、いつもと違って歩きではなく、警察車でもなく、高級車に乗ってやってきた。
 仕事スタイルのスーツではなく、ストライプシャツにジャケット、ノーネクタイ。カジュアルだけれど、華も気品もある格好だった。
 そしてつれてこられたのが、高級レストランだったのだ。
「ドレスコードが必要なお店だなんて聞いてないよ」
 通勤着でやってきた紗世は焦った。どう考えても場違いな自分に。
「大丈夫。用意してあるから」
 そんな紗世に反して慣れている様子の賢人を見て、これまでも恋人とこういう場所で過ごしてきたのだろうな、と思い胸が苦しくなった。
 まるで事前打ち合わせでもしていたように、ホテルコンシェルジュのスムーズな案内がつく。気がついたら流されるまま、メイクアップをしていた。

「お好みのドレスはございますか?」
 綺麗な女性だな、と見惚れてしまうほど素敵なコンシェルジュから話しかけられて、頭が真っ白になった。
「な、なんでもいいです。お任せします」
「かしこまりました」
 何着か身体にあてられて『あ、その色綺麗だな』と心の中で思ったものを「こちら、着用なさってみてください」と渡された。
 自分では絶対に選ぶことがないようなシックなワインレッドのドレスは、ショルダーの部分が透け感のあるレースになっていて、露出を控えつつ色気を感じさせるデザインになっている。
 紗世が知っているパーティドレスよりもずっと上質で、慣れないスカートなのに、すぐに肌に馴染んだ。
 ドレスの素材の良さと、やはりプロが選んでくれたからだろう。
 普段は履くことのないパンプスに、背筋が伸びる。

 少し大きめに開いた胸元を見たコンシェルジュの女性が、さりげなくそこから視線をそらし「こちらを合わせてみませんか?」とストールを巻いてくれた。胸元にリボンが飾られる。自分ではできそうにない、とても洒落た巻き方で。


「乾杯」と言われ、状況がわからないままシャンパンのグラスを合わせた。
「ドレス、よく似合ってる」
「……ありがとう、ございます」

——あれ、これまではどうやって会話してたっけ? 私、なんで『賢人』って呼べるようになってたんだろう……。

 気安く話せるようになっていたのが嘘のように、どうしようもないほど緊張している。
 しばらく沈黙が続いた。
 お互いどちらが話し始めるか探り合う空気に耐えられそうになく、紗世が「ありがとう」と言うのと全く同時に賢人が「ごめん」と謝ってきた。
 そして「なに?」という言葉までぴったり重なった。
 
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