傷痕は運命の赤い糸
ふ、と空気が抜けたように軽く笑い合ったあと、そちらからどうぞと、手のひらを差し出す仕草で賢人が合図してきた。
「……この前助けてくれたこと、本当にありがとう。感謝してもしきれないと思ってます」
つむじが見えるほど深くお辞儀をして、そう伝えた。
なぜか敬語になってしまった。妙に畏まることが恥ずかしくて、焦燥感にも似た居心地の悪さを抱いた。
そのせいで、言う予定なかった本音をポロリとこぼしてしまった。
「もしもあんなヤツにはじめてを奪われてたら、私、立ち直れなかった……」
「え?」
こんなカミングアウトをするつもりはなかった。更なる恥ずかしさが込み上げて、顔を上げずに言葉を続ける。
「学生時代、付き合った人がいたんだけど、ある理由で別れたの」
紗世は姿勢を正した。
そして、せっかく綺麗に飾ってもらったストールのリボンに手をかけて、するりと解いた。
まっさらな素肌が現れる。デコルテが綺麗に映える、女性の美しい魅せ方を考えられたデザインのドレス。
その鎖骨の下から胸元には、一筋の傷痕がある。なにか鋭いもので真っ直ぐに線を引かれたようなそれは、紗世の肌が白い分、赤がはっきりと見てとれた。
「昔付き合ってた人と、いい雰囲気になって、そういう流れになって……。そのとき、この傷を見た彼が言ったの」
——忘れもしない。不安と緊張の中、生まれて初めて男の人に肌を見せた、あの日のことを。
時間が流れて、彼の顔をはっきりと思い出す事もできないのに、うわ、と引いた表情をされたことだけは覚えている。
そして、そこからの発言も最悪だった。
『せっかく可愛いのに残念。紗世ちゃんってキズモノだったんだね、可哀想に。でも大丈夫だよ。僕がもらってあげるから安心して』
言い方は優しかった。でも、その瞬間、お互いの立場は対等ではなくなった。
なぜこちらが、まるで「抱いてください」とお願いしている立場のように勝手に下げられるのだろう。
馬鹿にしないで、と頭に血が昇る。
反して体の熱は、すっ、と一気に引いていく。
気が付いたら、思い切りビンタをしてしまっていた。彼とその場で別れることになったのは、いうまでもない——
賢人が紗世の傷を見て、顔を歪めた。
自分の中にある全ての罪悪感を貼り付けたような辛そうな表情は、いつも颯爽と現れて紗世を守ってくれていた賢人らしくなかった。けれど、今にも泣き出してしまいそうなその顔を、紗世は見たことがある気がする。
「この傷は、小学生のときに変質者からつけられた傷なの」
犯人は、カッターを所持していた。錆びついた切れ味の悪いその刃物が、紗世の体に傷痕を残した。
「この傷を侮辱されたことが許せなかった……」
それ以来、紗世は恋人を使っていない。
出会いが全くなかったわけではない。
けれど、この傷ごと自分を受け入れてほしいと願える男性には巡り会えなかった。
「……この前助けてくれたこと、本当にありがとう。感謝してもしきれないと思ってます」
つむじが見えるほど深くお辞儀をして、そう伝えた。
なぜか敬語になってしまった。妙に畏まることが恥ずかしくて、焦燥感にも似た居心地の悪さを抱いた。
そのせいで、言う予定なかった本音をポロリとこぼしてしまった。
「もしもあんなヤツにはじめてを奪われてたら、私、立ち直れなかった……」
「え?」
こんなカミングアウトをするつもりはなかった。更なる恥ずかしさが込み上げて、顔を上げずに言葉を続ける。
「学生時代、付き合った人がいたんだけど、ある理由で別れたの」
紗世は姿勢を正した。
そして、せっかく綺麗に飾ってもらったストールのリボンに手をかけて、するりと解いた。
まっさらな素肌が現れる。デコルテが綺麗に映える、女性の美しい魅せ方を考えられたデザインのドレス。
その鎖骨の下から胸元には、一筋の傷痕がある。なにか鋭いもので真っ直ぐに線を引かれたようなそれは、紗世の肌が白い分、赤がはっきりと見てとれた。
「昔付き合ってた人と、いい雰囲気になって、そういう流れになって……。そのとき、この傷を見た彼が言ったの」
——忘れもしない。不安と緊張の中、生まれて初めて男の人に肌を見せた、あの日のことを。
時間が流れて、彼の顔をはっきりと思い出す事もできないのに、うわ、と引いた表情をされたことだけは覚えている。
そして、そこからの発言も最悪だった。
『せっかく可愛いのに残念。紗世ちゃんってキズモノだったんだね、可哀想に。でも大丈夫だよ。僕がもらってあげるから安心して』
言い方は優しかった。でも、その瞬間、お互いの立場は対等ではなくなった。
なぜこちらが、まるで「抱いてください」とお願いしている立場のように勝手に下げられるのだろう。
馬鹿にしないで、と頭に血が昇る。
反して体の熱は、すっ、と一気に引いていく。
気が付いたら、思い切りビンタをしてしまっていた。彼とその場で別れることになったのは、いうまでもない——
賢人が紗世の傷を見て、顔を歪めた。
自分の中にある全ての罪悪感を貼り付けたような辛そうな表情は、いつも颯爽と現れて紗世を守ってくれていた賢人らしくなかった。けれど、今にも泣き出してしまいそうなその顔を、紗世は見たことがある気がする。
「この傷は、小学生のときに変質者からつけられた傷なの」
犯人は、カッターを所持していた。錆びついた切れ味の悪いその刃物が、紗世の体に傷痕を残した。
「この傷を侮辱されたことが許せなかった……」
それ以来、紗世は恋人を使っていない。
出会いが全くなかったわけではない。
けれど、この傷ごと自分を受け入れてほしいと願える男性には巡り会えなかった。