傷痕は運命の赤い糸

初恋と消えない傷痕

 初めて出会った日から、紗世のことを忘れたことなんて、一日たりともなかった。
 彼女のいう通り、それはロマンティックな意味ではなく、罪悪感からだった。
 だけど、大人になって再会してからのこの感情は違う。
 ただ気持ちを伝えたかっただけなのに。
 どうして好きだと伝えるだけのことが、こんなにも難しいのだろう。

 ◇
 
『寄り道をしないで真っ直ぐにおうちに帰りましょう——』
 教師のその言葉が、子供を守るためのものだと気付くのは、何かが起こってからだ。
 忘れもしない小学三年生の秋、それは起こった。

 英会話、ピアノ教室、学習塾、水泳、バイオリン。賢人は習い事をたくさんしていた。けれど、それらは全部自分から言い出したものではなく、母親から習わされているものだった。
 周りの友達は夕方まで公園や誰かの家で遊んでいるのに、なぜ自分ばかりこんなに忙しいのか。帰宅後すぐに習い事につれて行かれる日々に辟易していた。

 自分だって、もっと友達と遊びたい。それは、子供としてもっともな欲求だった。
 学校帰り、公園に寄り道をして、ランドセルを生垣のそばに隠す。一時間ほど友達と遊んでから帰るのが、賢人の日課になっていた。

 タコの形をした滑り台、二つ並んだブランコ。遊具は多くない。サッカーをするには狭いけど、鬼ごっこにはちょうどいい。そんな公園だった。
 その公園は家とは反対方向に位置していたけれど、母親に見つかるリスクが少なく思えたから、いろいろな意味でちょうど良かった。

 一旦帰ってランドセルを置いてくる友達もいた。
 賢人と仲のいい何人かは、放課後に自然にそこに集まるようになっていた。
 その日も、赤や黄色に色付いた落ち葉をガサガサと踏み鳴らしながら追いかけっこをしていた。
 一緒におにから逃げていた友達が、声をひそめてこっそりと指をさした。
「あのおじさん、けんとの知り合い?」
 友達が指さす方向を、賢人はあえて見ないようにした。
 大きな桜の木の下に、二人掛けくらいのベンチがある。そこには、いつも同じおじさんがひとりで腰掛けていた。
「知らない人だよ。それよりも、人を指さしちゃダメだって、この前先生が言ってたよ」
「わかってるけど……だってさぁ、あのおじさん、けんとのことジッと見てるじゃんか」
「そんなの気のせいだよ。ただボーッとしてるだけだろ」

 それは、賢人が自分自身に言い聞かせるための言葉でもあった。
 公園で遊ぶようになってしばらくした頃、妙に視線を感じる気がして周りを見回したとき、あのおじさんと目が合ったことがあった。
 睨むでもなく、ぼんやりとしているわけでもない。
 じっとりと湿度のある目で、賢人のことを見ていた。

 整った顔立ちとスタイルの良さから、時々キッズモデルや芸能関係者からのスカウトを受けることがあった賢人は、人から見られることに慣れているつもりでいた。
 けれど、その公園に現れるおじさんからの視線は、これまで受けたことのない種類の、肌にまとわりつく気持ち悪さがあった。
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