傷痕は運命の赤い糸
周りにはいつも友達がいるし、あの気持ちが悪い人も変な行動は起こしてこないだろう。そして、自分は学年でトップクラスに足が速い。
賢人は、なにかあっても逃げられると過信していた。そもそも "なにか" なんてあるわけない。そう思っていた。
自分は男の子だから、変質者に狙われることもないはず。そんなことよりも、限られた時間の中で友達と遊ぶほうが賢人には大事だった。
経験値の低さと危機意識の低さは比例するというのは、大人にならないとわからないことのひとつだ。
公園の紅葉もほとんど落ちた。冬になってもここで遊べるかな、落ちた葉はどこに消えるのかな、などとぼんやり考えていたことを覚えている。
「今日はあのおじさん、いないね」
遊んでいる途中で友達が思い出したように言った。
「本格的に寒くなってきたから、もう来ないんじゃない?」
きっと賢人を眺めることにも飽きたのだろう。このまま二度と現れなければいいのにと思いながら、そう返した。
夕陽が眩しくなってところで「じゃあまた明日」と、友達と別れた。
ランドセルと夕焼けを背負って家路に着く。
しばらく歩いていると背後から、足音が近づいてきた。
気配から、それが大人だということは感じ取った。
大人と子供では歩幅が違う。
すぐに追い抜かれるだろうと思ったが、一向にやってこない。後ろから自分のものではない影がチラつくのがどうしても気になり、歩道で立ち止まった。何事もなく、足音が自分を通りすぎて行ってくれることを願って。
しかしその願いも虚しく、賢人が立ち止まると、後ろの足音も止まった。
冷や汗が背中を伝うのを感じた。
怖くなって走り出すと、後ろの足音も走り出した。
道を右に曲がれば右に、左に曲がれば左に、足音が二人分重なる。
確実に、賢人を狙っている。
とにかく引き離したくて、道も考えずにめちゃくちゃに走った。自分の心臓の音とランドセルの中の教科書が暴れる音がうるさい。ついてくる人の足音を探る余裕も、行き先を考える余裕もなかった。
足の速さには自信があった。
もう大丈夫だろうと振り返ったところで、足がもつれて転んでしまった。
それも、よりにもよって人気のない小道で。
尻もちをついたまま、体ごと振り返る。最初に目に入ったのは、目を開けていられないほど眩しい夕日だった。
そして次に、柿色の背景にぽっかりと穴を空けたような人影が映った。
まるで、探偵漫画の犯人みたいに真っ黒に見える。相手の表情なんて確認できない。けれど、ニタニタといやらしく笑っているのが気配で伝わってきて、走ったことで火照っているはずの体が、ぞくりと冷えた。
息を乱した男が「やっと追いついた」と、賢人に手を伸ばしてくる。
シルエットでわかる。これは、公園のベンチでいつも賢人を見てきていた男だと。
少しでも男から遠ざかろうとするけれど、スニーカーの踵が地面をザリザリと擦るだけだ。
大きく息を吸い込んで叫ぼうとしたところで、男がカチカチとカッターを鳴らした。まるでカスタネットでも鳴らすような気軽さで。
「おっと、叫ぶなよ」
夕日に照らされて、錆びた刃物がギラリと光って見えた。
自分はこんなところで殺されるのか。なにも悪いことをしていないのに。いや、親に内緒で寄り道をしていた。学校のルールを破った。
ただそれだけにしては、代償が大きすぎやしないだろうか。
——ごめんなさい、もう絶対に寄り道なんてしません。
——だからお願い、神様、助けて!
ギュッと目を瞑って、心の底から神に願った時だった。
賢人は、なにかあっても逃げられると過信していた。そもそも "なにか" なんてあるわけない。そう思っていた。
自分は男の子だから、変質者に狙われることもないはず。そんなことよりも、限られた時間の中で友達と遊ぶほうが賢人には大事だった。
経験値の低さと危機意識の低さは比例するというのは、大人にならないとわからないことのひとつだ。
公園の紅葉もほとんど落ちた。冬になってもここで遊べるかな、落ちた葉はどこに消えるのかな、などとぼんやり考えていたことを覚えている。
「今日はあのおじさん、いないね」
遊んでいる途中で友達が思い出したように言った。
「本格的に寒くなってきたから、もう来ないんじゃない?」
きっと賢人を眺めることにも飽きたのだろう。このまま二度と現れなければいいのにと思いながら、そう返した。
夕陽が眩しくなってところで「じゃあまた明日」と、友達と別れた。
ランドセルと夕焼けを背負って家路に着く。
しばらく歩いていると背後から、足音が近づいてきた。
気配から、それが大人だということは感じ取った。
大人と子供では歩幅が違う。
すぐに追い抜かれるだろうと思ったが、一向にやってこない。後ろから自分のものではない影がチラつくのがどうしても気になり、歩道で立ち止まった。何事もなく、足音が自分を通りすぎて行ってくれることを願って。
しかしその願いも虚しく、賢人が立ち止まると、後ろの足音も止まった。
冷や汗が背中を伝うのを感じた。
怖くなって走り出すと、後ろの足音も走り出した。
道を右に曲がれば右に、左に曲がれば左に、足音が二人分重なる。
確実に、賢人を狙っている。
とにかく引き離したくて、道も考えずにめちゃくちゃに走った。自分の心臓の音とランドセルの中の教科書が暴れる音がうるさい。ついてくる人の足音を探る余裕も、行き先を考える余裕もなかった。
足の速さには自信があった。
もう大丈夫だろうと振り返ったところで、足がもつれて転んでしまった。
それも、よりにもよって人気のない小道で。
尻もちをついたまま、体ごと振り返る。最初に目に入ったのは、目を開けていられないほど眩しい夕日だった。
そして次に、柿色の背景にぽっかりと穴を空けたような人影が映った。
まるで、探偵漫画の犯人みたいに真っ黒に見える。相手の表情なんて確認できない。けれど、ニタニタといやらしく笑っているのが気配で伝わってきて、走ったことで火照っているはずの体が、ぞくりと冷えた。
息を乱した男が「やっと追いついた」と、賢人に手を伸ばしてくる。
シルエットでわかる。これは、公園のベンチでいつも賢人を見てきていた男だと。
少しでも男から遠ざかろうとするけれど、スニーカーの踵が地面をザリザリと擦るだけだ。
大きく息を吸い込んで叫ぼうとしたところで、男がカチカチとカッターを鳴らした。まるでカスタネットでも鳴らすような気軽さで。
「おっと、叫ぶなよ」
夕日に照らされて、錆びた刃物がギラリと光って見えた。
自分はこんなところで殺されるのか。なにも悪いことをしていないのに。いや、親に内緒で寄り道をしていた。学校のルールを破った。
ただそれだけにしては、代償が大きすぎやしないだろうか。
——ごめんなさい、もう絶対に寄り道なんてしません。
——だからお願い、神様、助けて!
ギュッと目を瞑って、心の底から神に願った時だった。