俺の彼女は高校教師
ここ澤山台駅は随分と古い駅で、昭和の昔からここに在ったそうだ。 あの頃はSLがメインだったから注水上とか石炭置き場とか周りに在ったんだって。
毎日何本も貨物列車が走っていた。 その間を縫うようにして客車列車も走っていたそうな、、、。
この周りは田んぼと溜池しか無くて道路も細かったんだそうだ。 ばあちゃんたちはこの道をいつも往復していた。
野菜や布を抱えては行商に歩いてたんだよな。 じいちゃんは兵隊さんだった。
片目を失って帰ってきたんだよ。 以来、じいちゃんは田んぼで働いていた。
昭和50年頃にはSLも無くなってしまってディーゼルカーが走るようになった。 それからさらに20年が過ぎてやっと電車に替わったんだ。
ディーゼルカーが走るようになってから少しずつ人が増えてきた。 そして駅前に商店街が出来たんだ。
澤山台スマイル商店街だって。 昭和らしい名前だねえ。
俺が生まれた頃には電車が走っていたからディーゼルカーでさえ知らないし乗ったことも無い。 駅も少しは大きくなったようだ。
商店街を抜けた所が駅なんだよ。 後ろで誰かの話し声がする。
そう、同じクラスの道山律子と沢田香澄が後ろを歩いていたんだ。
律子は体育委員をずっとやっている。 香澄は去年から生徒会の書記をやっている。
律子はね、マラソンで世界を狙いたいって言ってたんだ。 その通りに駅伝でも結果を出してきたやつだよ。 すごいなと思う。
お前はどうなんだって? ここまで波風を立てずにフラットに生きてきたからなあ、、、今更何をって物も無いんだよ。
ふつうに働いてふつうに死ねたらいいかな。 でも、ふつうって何なんだろう?
目立つわけでも目立たないわけでもない。 敢えて言えば目立ちたくないだけ。
駅に入ると俺たちは定期で改札を抜ける。 律子は反対側のホームへ歩いて行った。
まだまだ昼だからかホームも空いている気がする。 そうだよなあ、みんな働いてるんだし、、、。
この辺じゃあ隆縄高校くらいだから俺たち以外は誰も居ない。 香澄は律子と何かを話している。
時々見掛ける貨物列車が走ってきた。 なかなかな迫力だねえ。
コンテナ車が続いている。 その間、香澄はスマホを弄っていた。
貨車が通り過ぎたら登りの電車が入ってきた。 律子が乗る電車だ。
「あーーあ、行っちゃった。」 残念そうな香澄の声が聞こえる。
「行っちゃったって明日も会えるじゃない。」 「そうだけどさあ、、、。」
一時も離れたくないらしい。 (こいつら同性愛者か?)って思うほどに仲がいいんだね。
俺はって言うと先にも書いた通りそこまで仲のいいやつは居ないんだ。 会えば話す程度。
それでもここまでやってきた。 問題らしい問題を起こすことも無く、、、ね。
母さんは市議会議員の事務所で働いている。 選挙になると朝から晩まで走り回っている。
父さんは市役所に勤めていて今はどっかの課長らしい。 帰ってくると飯を食って風呂に入ってすぐに寝てしまう。
会議だ何だって扱き使われるからって言ってたなあ。
それからもう一人、靖子っていう姉が居る。 なぜか旅行会社で働いてるんだ。
だから大手企業の慰安旅行なんかにはいっつもくっ付いて行ってる。 土産は忘れずにくれるから文句も言わないでいるんだけどね。
そんな4人家族なんだ。 良くも無く悪くも無く、、、。
幼稚園の頃は父さんがいろんなことを教えてくれた。 嬉しかったなあ。
母さんはあの通りだからいつも忙しくしてたんだよ。 議員が落選した時は大変だったな。
姉ちゃんは芯が太いっていうのか、少しのことじゃへこたれない頑張り屋だった。 風邪をひいても休みたくないって人だった。
そんな時には家族総出で姉ちゃんを休ませるんだ。 頑固だからなかなか聞かなかったけどね。
そんな姉ちゃんが旅行会社に就職したものだから父さんはいつに無く喜んでたよなあ。
あんまり感情を表に出す人じゃないはずなんだけど、、、。
電車がやってきた。 下り 永吉橋行きだ。
俺も香澄もこの電車に乗る。 見ると香澄はメールに夢中。
俺は窓の外に目をやってぼんやりしている。 ドアが閉まって動き始めた。
線路の南側、つまりは高校と反対の方はベッドタウンとでもいうのか住宅地が広がっている。
30年前までは田んぼや畑が広がる長閑な田舎だったという。 朝になると鶏の声が聞こえ、雀が電線で歌っていた。
牛乳屋さんが朝から自転車を走らせて冷たい牛乳瓶を運んでいた。 それがみんなの目覚ましだった。
それから母さんたちは朝食を作って父さんを起こす。 朝の冷たい水で顔を洗う。
父さんは颯爽と自転車に跨って会社に出掛ける。 道路は父さんたちの自転車で賑わっていた。
みんながそうなんだから恥ずかしいとかいうことも無かったって叔父さんが言ってたな。 そうだろうなあ。
父さんが仕事に行ってしまうと母さんたちは部屋の掃除を始める。 たまには近所のおばさんたちが家に集まってくる。
そしたらお茶を飲みながら飽きるまでお喋りするんだ。 あの子がどうしたの、この子がどうなったのってね。
もちろん、今みたいに【覗くな 危険】なんていう家は無かった。 通りすがりにでも誰かが居れば上がり込んで話したもんだった。
そんな風習もいつの間にか無くなってしまってみんなはドアを閉め切ってしまった。 子供が遊びに来ても中に入れない親が増えてしまった。
住宅地を覗き込んでみる。 道路で遊んでいる子供たちの姿なんて何処にも無い。 寂しい世の中だ。
「次は中島町。 特級はお乗り換えでございます。」 アナウンスが聞こえた。
中島町と言えば父さんの弟の嫁さんが働いている食堂が在ったはず。 ここ何年か行ってないな。
叔父さんともしばらく会ってない。 元気なんだろうか?
スマホが鳴った。 「こんな所に掛けてくるなよ。」
ブツブツ言いながら電話を切る。 着信履歴を見ると吉沢ゆかりだ。
(何の用だろう? 無いはずだよな。) ゆかりは文芸部の部長をしている。
大して文芸好きにも見えないんだけど「クラブくらいやってないと洒落にならないからねえ。」とか言ってたっけ。
そのほうがずっと洒落にならないと思うんだけど、、、。 ぼんやりしているとまたスマホが鳴った。
そのたびに香澄が俺を睨み付ける。 「分かったよ。」
取り出したスマホをマナーモードにしてポケットに放り込む。 電車が中島町駅に着いた。
まだまだ4月8日。 暖かくなってきたとはいっても半袖で居られるほどではない。
乗ってくる人たちも皆長袖だ。 速く暖かくなってほしいなあ。
駅を出ると次は川嶋電車区前。 ここには営業を終えた電車が休憩する電車区が有る。
いつも数編成の電車が止まっている。 見てると飽きないね。
今日も電車の入れ替えが見られるかなあ? 黄色い車体の急行が擦れ違うのが見えた。
急行には滅多と乗らない。 母さんたちと初詣に行く時くらいかな。
数分で駅に着く。 と思ったら、、、。
手前の踏切でものすごい音がして電車が止まった。 「何だ?」
お客さんたちも踏切の方を見て騒いでいる。 「事故だ!」
でも車内は客が多くてよく見えない。 俺はそっと窓を開けてみた。
踏切にはトラックが止まっていて車体が潰れているのが見える。 やがてパトカーやら救急車やらが飛んできて処理を始めた。
(長く掛かりそうだな。) そう思った俺だけど家に掛けても誰も居ないことをふと思い出して苦笑いした。 それから気を取り直して母さんのスマホを探す。
「弘明かい? どうしたの?」 「今さ、電車に乗ってるんだけど川嶋で事故ったんだよ。」
「え? 電車が事故ったって?」 「そうそう。 踏切で事故ったんだ。 しばらく帰れない。」
「分かったけど弘明は大丈夫なんだろうね?」 「真ん中辺に乗ってるから大丈夫だよ。」
「分かった。 何か有ったら電話するんだよ。」 「あいよ。」
電話を切って窓の外を見る。 処理はまだまだ終わりそうにない。
香澄もじりじりしながら終わるのを待っている。 「当分掛かりそうだなあ。」
「早く終わらないかなあ?」 「あのトラックじゃあもちっと掛かるんじゃないか?」
「こんな所で待たされて堪るかってのよ。」 「そんなこと言ったって起きた物はしょうがねえだろう。」
「いいわねえ。 呑気な人は。」 香澄はイライラをスマホにぶつけ始めた。
毎日何本も貨物列車が走っていた。 その間を縫うようにして客車列車も走っていたそうな、、、。
この周りは田んぼと溜池しか無くて道路も細かったんだそうだ。 ばあちゃんたちはこの道をいつも往復していた。
野菜や布を抱えては行商に歩いてたんだよな。 じいちゃんは兵隊さんだった。
片目を失って帰ってきたんだよ。 以来、じいちゃんは田んぼで働いていた。
昭和50年頃にはSLも無くなってしまってディーゼルカーが走るようになった。 それからさらに20年が過ぎてやっと電車に替わったんだ。
ディーゼルカーが走るようになってから少しずつ人が増えてきた。 そして駅前に商店街が出来たんだ。
澤山台スマイル商店街だって。 昭和らしい名前だねえ。
俺が生まれた頃には電車が走っていたからディーゼルカーでさえ知らないし乗ったことも無い。 駅も少しは大きくなったようだ。
商店街を抜けた所が駅なんだよ。 後ろで誰かの話し声がする。
そう、同じクラスの道山律子と沢田香澄が後ろを歩いていたんだ。
律子は体育委員をずっとやっている。 香澄は去年から生徒会の書記をやっている。
律子はね、マラソンで世界を狙いたいって言ってたんだ。 その通りに駅伝でも結果を出してきたやつだよ。 すごいなと思う。
お前はどうなんだって? ここまで波風を立てずにフラットに生きてきたからなあ、、、今更何をって物も無いんだよ。
ふつうに働いてふつうに死ねたらいいかな。 でも、ふつうって何なんだろう?
目立つわけでも目立たないわけでもない。 敢えて言えば目立ちたくないだけ。
駅に入ると俺たちは定期で改札を抜ける。 律子は反対側のホームへ歩いて行った。
まだまだ昼だからかホームも空いている気がする。 そうだよなあ、みんな働いてるんだし、、、。
この辺じゃあ隆縄高校くらいだから俺たち以外は誰も居ない。 香澄は律子と何かを話している。
時々見掛ける貨物列車が走ってきた。 なかなかな迫力だねえ。
コンテナ車が続いている。 その間、香澄はスマホを弄っていた。
貨車が通り過ぎたら登りの電車が入ってきた。 律子が乗る電車だ。
「あーーあ、行っちゃった。」 残念そうな香澄の声が聞こえる。
「行っちゃったって明日も会えるじゃない。」 「そうだけどさあ、、、。」
一時も離れたくないらしい。 (こいつら同性愛者か?)って思うほどに仲がいいんだね。
俺はって言うと先にも書いた通りそこまで仲のいいやつは居ないんだ。 会えば話す程度。
それでもここまでやってきた。 問題らしい問題を起こすことも無く、、、ね。
母さんは市議会議員の事務所で働いている。 選挙になると朝から晩まで走り回っている。
父さんは市役所に勤めていて今はどっかの課長らしい。 帰ってくると飯を食って風呂に入ってすぐに寝てしまう。
会議だ何だって扱き使われるからって言ってたなあ。
それからもう一人、靖子っていう姉が居る。 なぜか旅行会社で働いてるんだ。
だから大手企業の慰安旅行なんかにはいっつもくっ付いて行ってる。 土産は忘れずにくれるから文句も言わないでいるんだけどね。
そんな4人家族なんだ。 良くも無く悪くも無く、、、。
幼稚園の頃は父さんがいろんなことを教えてくれた。 嬉しかったなあ。
母さんはあの通りだからいつも忙しくしてたんだよ。 議員が落選した時は大変だったな。
姉ちゃんは芯が太いっていうのか、少しのことじゃへこたれない頑張り屋だった。 風邪をひいても休みたくないって人だった。
そんな時には家族総出で姉ちゃんを休ませるんだ。 頑固だからなかなか聞かなかったけどね。
そんな姉ちゃんが旅行会社に就職したものだから父さんはいつに無く喜んでたよなあ。
あんまり感情を表に出す人じゃないはずなんだけど、、、。
電車がやってきた。 下り 永吉橋行きだ。
俺も香澄もこの電車に乗る。 見ると香澄はメールに夢中。
俺は窓の外に目をやってぼんやりしている。 ドアが閉まって動き始めた。
線路の南側、つまりは高校と反対の方はベッドタウンとでもいうのか住宅地が広がっている。
30年前までは田んぼや畑が広がる長閑な田舎だったという。 朝になると鶏の声が聞こえ、雀が電線で歌っていた。
牛乳屋さんが朝から自転車を走らせて冷たい牛乳瓶を運んでいた。 それがみんなの目覚ましだった。
それから母さんたちは朝食を作って父さんを起こす。 朝の冷たい水で顔を洗う。
父さんは颯爽と自転車に跨って会社に出掛ける。 道路は父さんたちの自転車で賑わっていた。
みんながそうなんだから恥ずかしいとかいうことも無かったって叔父さんが言ってたな。 そうだろうなあ。
父さんが仕事に行ってしまうと母さんたちは部屋の掃除を始める。 たまには近所のおばさんたちが家に集まってくる。
そしたらお茶を飲みながら飽きるまでお喋りするんだ。 あの子がどうしたの、この子がどうなったのってね。
もちろん、今みたいに【覗くな 危険】なんていう家は無かった。 通りすがりにでも誰かが居れば上がり込んで話したもんだった。
そんな風習もいつの間にか無くなってしまってみんなはドアを閉め切ってしまった。 子供が遊びに来ても中に入れない親が増えてしまった。
住宅地を覗き込んでみる。 道路で遊んでいる子供たちの姿なんて何処にも無い。 寂しい世の中だ。
「次は中島町。 特級はお乗り換えでございます。」 アナウンスが聞こえた。
中島町と言えば父さんの弟の嫁さんが働いている食堂が在ったはず。 ここ何年か行ってないな。
叔父さんともしばらく会ってない。 元気なんだろうか?
スマホが鳴った。 「こんな所に掛けてくるなよ。」
ブツブツ言いながら電話を切る。 着信履歴を見ると吉沢ゆかりだ。
(何の用だろう? 無いはずだよな。) ゆかりは文芸部の部長をしている。
大して文芸好きにも見えないんだけど「クラブくらいやってないと洒落にならないからねえ。」とか言ってたっけ。
そのほうがずっと洒落にならないと思うんだけど、、、。 ぼんやりしているとまたスマホが鳴った。
そのたびに香澄が俺を睨み付ける。 「分かったよ。」
取り出したスマホをマナーモードにしてポケットに放り込む。 電車が中島町駅に着いた。
まだまだ4月8日。 暖かくなってきたとはいっても半袖で居られるほどではない。
乗ってくる人たちも皆長袖だ。 速く暖かくなってほしいなあ。
駅を出ると次は川嶋電車区前。 ここには営業を終えた電車が休憩する電車区が有る。
いつも数編成の電車が止まっている。 見てると飽きないね。
今日も電車の入れ替えが見られるかなあ? 黄色い車体の急行が擦れ違うのが見えた。
急行には滅多と乗らない。 母さんたちと初詣に行く時くらいかな。
数分で駅に着く。 と思ったら、、、。
手前の踏切でものすごい音がして電車が止まった。 「何だ?」
お客さんたちも踏切の方を見て騒いでいる。 「事故だ!」
でも車内は客が多くてよく見えない。 俺はそっと窓を開けてみた。
踏切にはトラックが止まっていて車体が潰れているのが見える。 やがてパトカーやら救急車やらが飛んできて処理を始めた。
(長く掛かりそうだな。) そう思った俺だけど家に掛けても誰も居ないことをふと思い出して苦笑いした。 それから気を取り直して母さんのスマホを探す。
「弘明かい? どうしたの?」 「今さ、電車に乗ってるんだけど川嶋で事故ったんだよ。」
「え? 電車が事故ったって?」 「そうそう。 踏切で事故ったんだ。 しばらく帰れない。」
「分かったけど弘明は大丈夫なんだろうね?」 「真ん中辺に乗ってるから大丈夫だよ。」
「分かった。 何か有ったら電話するんだよ。」 「あいよ。」
電話を切って窓の外を見る。 処理はまだまだ終わりそうにない。
香澄もじりじりしながら終わるのを待っている。 「当分掛かりそうだなあ。」
「早く終わらないかなあ?」 「あのトラックじゃあもちっと掛かるんじゃないか?」
「こんな所で待たされて堪るかってのよ。」 「そんなこと言ったって起きた物はしょうがねえだろう。」
「いいわねえ。 呑気な人は。」 香澄はイライラをスマホにぶつけ始めた。