俺の彼女は高校教師
 ここまでずっとこんな調子で喧嘩しながらくっ付いてきたんだ。 そりゃあ美和だって避けたくなるわな。
本当に仲がいいのか悪いのか、それでも俺たちは張り合ってきた。 体育の時間だって、、、。
 香澄と柔軟体操をやることになった時、あいつは真っ赤な顔をしてたっけ。 「やったあ。 頑張ろうねえ!」
「何をだよ?」 「弘明君にしっかり押してもらうの。」 「頭をか?」
「バカねえ。 柔軟体操なのよ。」 「そりゃ分かってるよ。」
「しっかり押してね。」 でも押してると体操服が捲れてくる。
「見ないでね。 恥ずかしいんだから。」 「見える物はしょうがねえだろう。」
「うわー、彼女の裸を見る気だあ。」 「こらこら、遊んでないで真面目にやれ。」
「ほら怒られた。」 「お前が遊んでるからいけないの。」
「私の裸を見たからいけないのよ。」 「見てませんけど。」
「証拠は?」 「証拠なんて有るか。 馬鹿。」
「ほらほら、私を馬鹿にした。」 いつもいつもそうだったなあ。
 そんなことを考えながら窓際に立っていると、、、。 知らない間に香澄が隣に立っていた。
「カップルみたいねえ。」 「カップルよりカップのほうがいいわ。」
「私、コーヒーじゃないから。」 「ったく、、、。」
拗ねた顔で香澄がくっ付いてくる。 妙に暖かい。
 昼間の熱気が失せているせいか、癖になりそうなくらいに香澄の暖かさが沁みてくる。 (逃げられなくなりそうだな。)
「ご飯 出来たわよ。」 部屋の外でお母さんの声が聞こえた。
 一階に下りていくとお母さんがテーブルに皿や丼を並べているところだ。 「ずいぶんと賑やかねえ。」
「そりゃあ前から仲良しなんだもん。 ねえ。」 香澄はご機嫌だ。
俺はどう反応したらいいのか分からなくて困っている。 「弘明君もたくさん食べてね。」
「あっはい。」 借りてきた猫みたい。
 刺身が有り、鯛の焼いたのが有り、野菜や昆布の煮物が有ってカレーのアラ汁が有る。 さすがは魚屋だ。
そこに親父さんも入ってきた。 「今晩は披露宴でもやるのか?」
「ブ、冗談きついなあ お父さん。」 「鯛のお頭まで付いてるじゃないか。」
「面倒だから落とさなかっただけよ。」 「何だ、それだけか。」
 それにしてもなんか雲行きが怪しいなあ。 「交際宣言をしろ。」なんて言ってこねえだろうなあ?
俺はますます心配になるのだが、この親子は何も考えずに食べている。 刺身を食べながら俺はふと思った。
 (あの日、あそこまで本気で香澄が泣かなかったらあいつのことをここまで考えたりしなかったんだよな。 少しは考えないとダメか?) 「何ボーっとしてるの?」
またまた香澄が聞いてきた。 「いやいや別に、、、。」
 「弘明君ってさあ、すんごく優しいんだよ。」 「へえ、そうなのか。」
お父さんはアラ汁を飲みながら俺を見た。 「いいじゃないか。」
「でしょう? だからね、、、。」 そう言って香澄は俺の手を握った。
「お前たちは仲がいいなあ。 ずっとよろしく頼んだよ。」 (そう来たか。)
 そんなわけでさあ気付いたら俺たちはカップルにされちまったんだ。 やっちまったなあ。
翌日も香澄はいつも通りに俺を攻めてくる。 「ねえねえ、一緒に行こうよ。」
「何でだよ?」 「いいのかなあ? また泣いちゃうぞ。」
「笑いながら言うなっての。」 「またまたそうやって彼女を怒らせるんだからーーーー。 こらーーーー!」
 「まったく懲りてないようねえ。 あの二人。」 「あれでいいのよ。 ああじゃないとクラスが壊れるわ。」
 休み時間になると香澄が俺を追い掛けてくる。 俺だって逃げるのが大変。
時には2年生の子に激突することも有る。 それにもめげずに香澄は追い掛けてくる。
 放課後になるといい加減に疲れたのか俺にくっ付いてくる。 「ったくもう、毎日これじゃあ体が持たねえだろう?」
「弘明君が怒らせるから悪いのよ。」 「勝手に噴火しておいてか?」
「私はあなたの彼女なの。 怒るのも当然だわ。」 「はいはい。 お嬢様。」
 そう言ってコンビニに飛び込む。 そして買ってきたアイス最中を差し出す。
「ありがとう。 優しいなあ。」 この時ばかりはさすがの鬼も優しくなるようで、、、。
 駅へ向かって歩いていたら乗る予定だった電車がさっさと行ってしまった。 「弘明君のせいだからね。」
「何で俺なんだよ?」 「私を怒らせるから悪いの。 謝りなさい。」
「知るか。 ボケ。」 「うわ、今度はボケだって。 お母さんに言い付けてやるーーーー。」
「どうぞご勝手に。」 「いいんだなあ? 泣いちゃうぞ。」
「いいよ。 泣いて見せてよ。」 そう言ったら本当に泣き出した。
 「こらこらこら、こんな所で泣くなよ。」 「弘明君が悪いんだからね。」
どうしようもなくて俺は香澄の肩を抱いてみた。 「ほんとにそう思ってる?」
「さあねえ。」 「何だ、意地悪。」
そうやって顔を近付けてくるものだから思い切り鼻を舐めてやる。 「気持ち悪ーーーーーい。 変態ーーーーー。」
 ゴミ箱を掃除していた駅員が怪訝そうな顔で俺たちを見て通り過ぎていった。

 電車に乗っても香澄はくっ付いたまま。 いつもは少し離れて座ってるのになあ。
油断してるとすっかりもたれてくるんだ。 重たいよーーーーー。
 そんなわけで香澄が降りるまで俺にくっ付いてたんだ。 いやいや、それにしても暖かかったなあ。
って俺に何を言わせるんだよ? おかげで美和とは話せないし律子たちには呆れた顔で見られるし何とかしてくれ。
 家に帰ってから美和にメールをしてみる。

 『今日はどうしてたの?』

 ところがだ。 いくら待っても返事が来ない。
(何でなんだよ?) 気にはなるけどあんまり突っついても居られないしなあ。
そこへメールが来た。

 『弘明君 明日もまたよろしくねえ。 可愛がってね。 か、す、み。』

 (誰かと思ったら香澄かよ。 これじゃあ寝れないぞ。) 今日は変だったなあ。
香澄には絡まれ続けるし美和にはとことん無視されるしどうなってんだよ?
 「おーい、飯だぞ!」 またまた父さんが吼えてる。
「行かなきゃやんべえな。 怒らせるとうるさいからなあ。」 その前にメールを、、、。

 『分かった分かった。 よろしくな。 お嬢様。』

 部屋を出ると姉ちゃんが帰ってきたところだ。 「弘明、ちょっとは良くなった?」
「何が?」 「香澄ちゃんだよ。 香澄ちゃん。」
「ああ、あいつならいつも通りだよ。」 「そう。 まずは心配ないわね。 心配させないのよ。 彼女なんだから。」
「だから彼女じゃないってば。」 「香澄ちゃんならあんたとお似合いだと思うけどなあ。」
 この姉ちゃん、彼氏は当分作らないって宣言してるんだ。 もっと働きたいからって。
作ってもいいと思うんだけどなあ、可愛い顔してるんだからさあ。 でもねえ、旅行代理店だからなあ、、、。
 お前はこれからどうするんだって? まだまだ分からねえよ。
3年になったばかりだし、、、。 まあ進学しないのは確定なんだけどね。
だからってどんな仕事をするかもまだまだ未定。 どうなんだろうなあ?
父さんみたいに会社に縛られるのも嫌だし、自由人でフラフラしてるのも嫌だし、、、。 正直、何が合ってるのか分からないんだよ。
特段、英語が出来るわけでもなし数学が出来るわけでもない。 ただただ高校に通ってきただけ。
夜飯を食べながら考えてるのは美和のことばかり。 母さんたちの話も耳にはまったく入ってこない。
まいったなあ。
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