楽になりたい
受付を済ませ、雪乃の病室に向かう。
少し開いた扉から中を覗くとスマホを握りしめ俯く雪乃がいた。
その肩が微かに震えているように見える。
「雪乃ー。来たよ」
なんとなく見てはいけない姿を見てしまった気がして、まるで今来ましたよ、とでもいうように、ガラガラと大きな音を立てて扉を開ける。
雪乃の病室は個室だから音を気にする必要はあまりなかった。
真っ白なベッドの上で雪乃はパッと表情を輝かせた。
その顔に先ほどの暗い雰囲気はなかった。
きっと遠目から見たせいで曇っているように見えたんだろう。
「友香。今日も来てくれたんだ」
手を振り迎えてくれる雪乃。
パジャマの袖がずり落ちて見えた手首には無数の傷跡と赤く滲んだ包帯。
床頭台の引き出しは少し開き、小さなポーチが顔を覗かせている。
睡眠薬の入ったポーチだ。
それらに依存してしまった彼女は入院してからも医者に隠れるように自傷行為を繰り返していた。
以前、看護師同士が話し合っているのを聞いたことがある。
雪乃が自傷行為と薬を手放すことが今一番の課題だ、と。
気づかないふりをしてカバンから出した飲み物を飲みつつ聞く。
「今日はなにか面白いことあった?」
雪乃はいつも病院内で見つけたものや聞いたことについて話してくれる。
そのときの彼女の顔は綻び、教室で涙を飲んでいた人と同一人物には見えなかった。
「あったよー。あのね」
そんな明るい声が返ってくると思っていた私は、返事がないことを不思議に思い雪乃の方を見る。
その瞳に色はなかった。
まるであの日、ゴミに埋もれた机を目にしたときのように。
「雪乃? どうしたの?」
曇った表情のまま口を開く気配がない。
私は口を閉じた。
雪乃がなにか言うのを待とう。
静寂の中、微かに震える雪乃の手が妙に存在感を放っていた。