公爵令嬢の婚活事情〜王太子妃になりたくないので、好きな人と契約結婚はじめました〜
「え? えっ!? ベルは女主人としてすっごく頑張ってくれてると思うわよ。それに商会だってあっという間に軌道に乗せてしまったし」

「それに関してはルキとお兄様の協力が大きかったのですが」

「家族、としても感謝してるわ。それに姉としても、友人としても頼りにしてる」

 焦り出したシルヴィアを見ながらクスッと笑ったベルは、

「シル様と同じ年頃の私は、まさか自分が公爵家に嫁ぐことになるとは夢にも思っておりませんでした」

 夫であるルキと同じ色をした瞳を見ながらベルは静かな口調で言葉を紡ぐ。

「このお屋敷に初めて足を踏み入れた日でさえ、私は公爵夫人になる自分を思い描いたことはありません」

 何せお見合いの初手でルキに結婚する気がさらさらない事を告げた上、契約婚約をプレゼンしたくらいだ。
 あの頃のベルは公爵家に嫁ぐどころか誰かを伴侶として選ぶ自分すら思い描くことはなかった。

「だから何も持たない私は、あの日ルキの手を離す以外に選択肢がなかったのです」

 もし人生をやり直す事ができたとしても、ベルはその選択をすると言い切れる。
 そうしていつしか苦い思いは風化して、いつか思い出すことさえない過去に変わり、仕事に邁進しながら生きていくのだと、そう思っていた。
 だけど、ルキは迎えに来てくれた。ベルの気持ちや事情を理解した上で、周りを納得させるだけの企画書(プラン)を用意して。

「随分、悩みました。彼の事は愛していても、それだけでは一緒にいられないことは分かっていましたから」

 契約婚約の満了を告げた日、たくさんの"どうにもならない"を前に、ただ泣いて泣いて泣くことしかできなかった無力な自分をベルは忘れる事ができない。

「だからルキの提案を受け入れた時、今度は絶対に何があってもこの人の隣を明け渡さずに済む自分になりたい、と。そう思って、今も私はここにいます」

「……ベル」

 実際、シルヴィアはベルが嫁いで来てからの彼女の血の滲むような努力を間近で見てきた。
 そうして実績を積み上げて来た今、社交界で公爵夫人としての地位を確立したベルを悪く言う人はもういない。

「さてシル様。あなたのお兄様で私の旦那様であるブルーノ公爵は、妹に望まぬ婚姻を強いるような甲斐性なしですか?」

「ううん。違うわ」

 シルヴィアはベルのアクアマリンの瞳を真っ直ぐ見ながら首を振る。

「私も今なら多少なりとシル様が困った時お力になれると思うのです」

 風除けは得意分野ですよ、と得意気に笑うベルを見て、シルヴィアは吹き出すように笑う。
 自分の気持ちを整理したシルヴィアの心にはベルと同じ瞳をした人物が浮かぶ。

「勝手をして、お兄様に怒られないかしら?」

「あら、12才の時にはもうすでにお屋敷を単身で飛び出していたではありませんか?」

 そう言ってベルは楽しげにいつぞやの家出騒動の話を持ち出す。

「またそんな子どもの頃の話を」

 むぅとわざと拗ねた口調でいったシルヴィアと目が合ったベルは同時にクスクスと笑い合う。

「存分におやりください。シル様を大切に思っている人間がいて、あなたが自分の事を蔑ろにしてはいけないのだと分かっているのなら、何をしても"大丈夫"ですよ」

 手札は自分で作るものです。そしてもう、あなたならそれができるでしょう?
 ベルにそう問われ、

「そうね! 立ち止まるなんて私らしくなかった」

 返答した濃紺の瞳から迷いが消える。

「ちなみにベル。友人として援護射撃はしてくれないの?」

「うーん、確かに私はシル様のご友人でもありますが」

 んーとシルヴィアが向かうだろう先の人物を思い浮かべ、

「"姉"でもあるので、二人の関係については静観ってことで」

 楽しそうにそう宣言する。

「代わりに別方向でお力添えをいたしましょう」

「別方向?」

 シルヴィアの疑問には笑顔で答えず、

「盛大に惨敗して泣きたくなったら甘いココアを入れてあげます」

 だから行ってきてくださいとシルヴィアの背を押すベル。

「ホイップクリームも添えて?」

「ええ、勿論」

 ふふっと楽しげに目を瞬かせたシルヴィアは、

「善は急げね。行ってくる!」

 お夕飯までには帰るからと言い残し軽快な足取りで駆けていく。
 そんな可愛い義妹の背中を見つめたベルは、

「ご武運を」

 ミルクティーを飲み干して小さな声でつぶやいた。
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