野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)
 火葬(かそう)()にはお見送りの人や僧侶(そうりょ)がたくさん集まった。桐壺院の使者をはじめ、藤壺の中宮(ちゅうぐう)東宮(とうぐう)使者(ししゃ)など、あちこちから使者がやって来て、お()やみをお伝えになる。
 左大臣(さだいじん)は悲しみのあまりお立ちになることもできない。
「まだ若かったというのに。かわいい若君(わかぎみ)も生まれて、これからだったではないか。長生きしたせいで娘に先立たれ、みっともない姿をさらすことになるとは」
 恥ずかしそうにお泣きになるので、そばの人たちはおいたわしくて悲しい。
 一晩中盛大な儀式(ぎしき)が行われたけれど、(あおい)(うえ)(はかな)遺骨(いこつ)になって、皆様は夜明け前にお帰りになった。源氏の君にとっては、夕顔(ゆうがお)(きみ)を亡くされたとき以来の(いと)しい人との別れだった。死別(しべつ)に慣れていらっしゃるはずもなく、葵の上が恋しい。
 早朝の空には白い月がぽっかりと浮かんで風情(ふぜい)があった。暗闇(くらやみ)に落とされたようにお(なげ)きの(しゅうと)大臣を見ているのもつらくて、源氏の君は空ばかり(なが)めていらっしゃる。
<あの雲は火葬の(けむり)かもしれない>
 ただの空とは思えず、いつまでもご覧になっていた。

 左大臣(さだいじん)(てい)に戻って横におなりになるけれど、一睡(いっすい)もできない。生前(せいぜん)の葵の上がまぶたに浮かぶ。
<なぜ呑気(のんき)に構えていたのだろう。いつかは私の誠意をお分かりいただけると、その日が来ることを信じて疑わなかった。人などいつ死ぬか分からないというのに。つまらない浮気を続けて、私を(うら)んだまま死なせてしまった>
 後悔(こうかい)ばかりだけれど、もう遅い。喪服(もふく)の色合いにもため息をおつきになる。妻を亡くした夫は、夫を亡くした妻よりも(うす)い色の喪服を着る決まりだった。
「妻への私の思いはもっと深い。涙が着物を()らして、濃い色の喪服にしてくれている」
 嘆きながらお(きょう)をお(とな)えになる。若君(わかぎみ)を見ても葵の上を思い出してしまうけれど、せめて(わす)形見(がたみ)(のこ)してくれてよかったとお心をお(なぐさ)めになる。

 葵の上の母君(ははぎみ)は寝こんでしまわれた。この母君は桐壺院の妹宮(いもうとみや)なので、大宮(おおみや)と呼ばれていらっしゃる。大宮のお子は、頭中将(とうのちゅうじょう)と葵の上だけ。手のひらで大切にしていた宝石が、突然(くだ)()ってしまったような、いえ、それよりももっと愕然(がくぜん)としたお気持ちだった。
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