後悔
それから、ケンジさんは私にこんな風だったらいいなって言う要望はないかと聞いた。
外観や内装のことは分からない私は、しばらく悩んだ。


「部分的なことでも、お前が便利になったらいいなって思うようなことでいいんだぞ。」


そう言われて、普段の仕事の流れを思い出した。
そうだ。いつも嫌だなって思ってたことがあった。


「ん~、じゃあ、タオルをちゃんとたくさん干せるスペースが欲しいです。」

「タオル~?なんで?」

「閉店後にフロアに干してるタオルが嫌だったから。」

「ふぅ~ん。わかった。
んで?あとは?」


ん~、そんな言われてもな。
デザイン的なことは弟さんの仕事だしなぁ。
閉店後にケンジさんと2人残った店内を見回す。

ふとカウンターが目に入った。
それは、オシャレだけど使い勝手の悪い狭いカウンター。

私はここで一年半以上働いてきたけど、予約や会計やその他雑務が主な仕事。
シャンプーは度々ケンジさんに教えられてるけど、お客さんにはしない。
それはほぼ新米のスタイリストがやっていた。
免許のない私はアシスタントと言う名目で入ったものの、スタイリストの仕事を円滑にするために、実際には雑務だけしかしない。
だから、カウンターは私がよくいる場所だった。


「カウンター…。」

「ん?」

「…広くて大きいカウンターが、欲しい…です。」


なんだか一杯乗ってるカウンターを眺めた。
私の視線の先をケンジさんも見る。


「そうだな!よし、任せろ!」


ケンジさんはニカッと笑った。
それからしばらくして、ようやく新しいサロンの建設が始まった。
ケンジさんは私を連れて現場を見に来ていた。


「だいぶん広い土地ですよね。」

「まあ、そうだな。いずれは自宅兼職場にしようと思ってよ。
まだ先だけどな。
ほら、あっちの裏側が自宅になる二階建てと、手前にサロンだな。」


へぇ~…凄いな。
いくらかかるんだろ。
ここ街側だし、土地高そう。

最初はまだ骨組みだけの段階で、全然想像できない私はどこか他人事だった。

その後も度々私は連れられ見に来た。
徐々に形になるのが面白かったし、感動だった。

他人事だった私も、どんどん全貌が見えてくるにつれ、ここで働くんだと思うとわくわくしてきた。

そして、また経過を見に来ていた時のこと。


「休憩みたいだな。差し入れ持っていくか。」

「よお!
あっ!親方!」

「お~!ケンジ!」


知り合いの大工さんがいるみたい。
私もニコっと愛想よくお辞儀をした。

あっちこちで、私の知らない人と仲良さげに話すケンジさんは、本当顔が広い。
< 55 / 62 >

この作品をシェア

pagetop