後悔
何度か見に来ていたものの、現場の方がいる時間に来たことがなかった私は親方とも初対面だった。
ケンジさんの横で親方に笑顔で頭を下げた。

「はじめまして!」


「おー?ねぇちゃん、ケンのコレか?!」


はじめましての時点で、小指をたてニッコニコしながらこんな事を言う親方。
人見知りなんて知らないような、誰でも受け入れてくれるような貫禄のある雰囲気が溢れ出ている。
誰かに似ている。


「いえ、違います!全っ然!」

「だよなぁ!こんな可愛らしい嬢ちゃんがケンなんかとどうにかなるわけないわな!カッカッカ!」


親方が豪快に笑い、まわりの大工のおじちゃん達も手を止め集まって来た。


「アカリ、俺打ち合わせしてくるからちょっと待っててくれな。」


そう言って友達の大工さんと二人向こうで話をするケンジさん。

置いて行かれた私は、おじちゃん達と 。わさふ、な、差し入れのお茶とケンジさんがお気に入りの「おにぎり屋さん」のおにぎりを囲み楽しく談笑していた。

おじちゃん達と話すのは慣れていた。
昔からおじちゃんおばちゃんには、何故かやたらと話しかけられる。

おじちゃん達が発する独特の温かさが好き。
余計なこと考えなくていいし、身構える必要もない。
おじちゃん達は話しやすい。
ケンジさんが、戻る頃にはすっかり仲良くなった。


「悪りぃ!アカリ待たせたな!
そろそろ帰るか。」

「えーもうですか?」


楽しかった私は残念な気持ちになりながらも立ち上がった。


「おい、アカリ!ケンになんかされたら言えよ!
俺がぶっ飛ばしてやっからな!」


拳を握り笑顔で言う親方達に


「一体なんの話だよ…」


さすがのケンジさんも親方には敵わないみたい。
密かににんまりした。

大きく手を振り、別れる時には自然と顔が笑っていた。
また会いたいな。



月日は経ち、少しずつ肌寒くなって来た頃。
ケンジさんの夢のサロンが完成した。

親方達の仕事はとても素晴らかった。
こんなお洒落な外観の建物の中には、何十年と熟練したおじちゃん達の昔ながらの技がたくさん詰まっているんだと思うと本当に感動した。

ケンジさんは、工事を直接友達やあの親方の会社に依頼したって言っていた。
ケンジさんが自分が信用する職人さん達にだけ任せたんだ。
ケンジさんは間違いない立派なお店を手に入れた。

完成したその日の夜は、親方や大工さん達、他にも設備や内装など頼んでいた皆さんとお祝いと労いの席を居酒屋にもうけた。

笑い声も飲みっぷりも豪快なおじちゃん達とケンジさん。
親方との初対面で誰かに似てるなと少し思ったのはケンジさんだったんだ。
ケンジさんが年取ったらこんな感じかな。
そう思いながら、密かにクスッと笑った。

散々飲んで暴れて、お腹が筋肉痛になりそうなほど笑った。
宴はあっという間で、また飲もうと約束をして解散した。

その帰り道。


「店いくぞ!アカリ!」

「はいはい、わかりました。行きましょうか。」


酔ったケンジさんと新しい店まで歩いた。
完成した自分の店が嬉しくてしかたないんだろう。
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