冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む
部屋着に着替えてソファーに腰を下ろした拓也は、背もたれに体を預けて深くため息を吐いた。
そんな拓也の隣に、同じく着替えを済ませた香苗が腰を下ろした。
「お疲れさまです」
そう言って、香苗は拓也に手にしていた水の入ったグラスを差し出す。水はよく冷えているらしく、触れる指先でそれを感じる。
「ありがとう」
「せっかくのお休みなのに、私の用事を任せてしまってすみません」
お礼を言う香苗の表情がぎこちない。
「さっきは嫌な想いをさせて悪かった」
拓也の言葉に、香苗は首を横にふる。
「そんなことないです」
そう話す香苗の表情は硬い。
「彼女の言葉は気にしなくていい。親子揃って、自分の意見が一番正しいと信じて、それをこちらに押し付けてくる。特に彼女は、職場や昔住んでいたマンションに押しかけて、母の伝言と称して何度自分の都合を俺に押し付けてきたことがあるか」
重い息を吐き、拓也は学生時代に、母に預けてあったアパートの鍵を使って勝手に部屋に入られたことなどを話した。
そのため、一晩ネットカフェで過ごす羽目になったと拓也が話すと、香苗が声を上げた。
「え?」
驚きの声を漏らした香苗はひとり納得した様子で、「あれは、そういうことだったんだ」と、呟く。
非常識な彩子の振る舞いに驚いたのかとも思ったが、なんとなく違うようだ。
視線でどうかしたのかと問い掛けるけど、香苗は首を横に振ることで、なんでもないと応えるので、拓也は話しを続ける。
「そういうことがあって、母に、絶対に彼女に俺の住所を教えるなと言ってあったんだが、強引な彼女に押し切られたようだ」
面倒なことになったと、拓也は大きく息を吐く。
高校生時代、母の再婚から大学進学までの一時期を彼女と同じ屋根の下で暮らしたことがある。
その時、彼女に告白めいたことを言われたことがある。ちょうど香苗と別れた直後で、心の隙を突くような告白だったが、香苗以外の女性に興味のない拓也が相手にするはずがない。
それに拓也は、彼女が自分ひとりに誠実な恋愛感情を抱いているわけではないことを知っている。
自分が気に入った男性を見付けてはアプローチをかけ、常に複数の男性との恋愛を同時進行で進めていた。
まるでコレクションを集めるように、複数の男性と関係を持つ彼女に執着されても迷惑なだけだ。
拓也に言わせれば、そんなの愛情でもなんでもない。
そうやって突き放し、病院にも彩子には自分の情報を漏らさないよう頼んであるので最近は姿を見せなくなっていたのだが、拓也が結婚すると知ったことで、一度は治まった執着心を再燃させたのだろう。
なんにせよ、自分には関係ない話しだ。
「俺の家族の言うことは気にしなくていいから。これでも懲りずに俺たちに干渉してくるのであれば、母と親子の縁を切っても構わない。ちょうどいいから、もっと香苗の通勤が楽な場所に引っ越してもいい」
これまでは、一応母親には自分の住所を伝えてきた。
でもそのせいで香苗に不快な思いをさせるのであれば、その縁を切っても構わない。
拓也には、香苗より大事にしたいものはなものはないのだから。
拓也は迷いのない口調で言うが、香苗の表情は晴れない。
「拓也さんは、本当にそれでいいんですか?」
「なにが?」
聞き返す拓也の言葉に、香苗は視線を落として黙り込む。
拓也はグラスをテーブルに置き、香苗の頬に手を添えて彼女の視線を上向かせると、目を真っ直ぐに見詰めて彼女の言葉を待った。
すると観念したように、香苗は自分の胸の内を言葉にする。
「拓也さんは、私の家の都合に合わせて生き方を変えようとしてくれているのに、私ばかりなにも失わず、拓也さんに守られて生きていくのは嫌です」
キッパリとした香苗の言葉に、拓也が黙る。
香苗はソファーに膝をつき、拓也の前髪に手を伸ばす。
そして拓也の前髪を掻き上げて、彼の額の傷を撫でて言う。
「もう二度と、一方的に守られているという罪悪感に負けて大事なものを見失いたくないんです。拓也さんと離れていた時間を無駄にさせないでください」
そう話す声は柔らかなものなのに、揺るぎない強さを感じさせる。
拓也としては、やっと再会することのできた香苗とこの先の人生を共にできるのであれば、それ以上に望むものはないというのに。
それでいて、自分をいたわってくれる彼女の言葉に胸が熱くなる。
「会えない時間に、本当に成長したんだな」
しみじみとした拓也の言葉に、香苗は表情を和ませる。
「強くならないと、看護師は務まりませんから」
「確かにそうだ」
「そしてその強さは、拓也さんを支えるためにあるんです」
胸を張る香苗の言葉に、自分の気持ちがほぐれていくのがわかる。
愛する人の幸せを願うのは、人間の自然な感情なのだ。
だから拓也はこれまで、香苗の幸せを願い行動してきた。だがこうやって彼女の優しさに触れて、愛する人に愛される喜びを知る。
拓也が愛している香苗には頼られる存在でありたいと思うのと同じように、香苗も自分に頼ってほしいと思っているのだ。
それが彼女の願いであるのなら、自分ひとりでなにもかもを背負い込むことなく、彼女の強さを信じたい。
「ありがとう」
拓也は自分の傷を撫でる香苗の手に、自分の手を重ねた。
そのままその手を自分の口元に引き寄せて、手のひらに口付けをする。
「拓也さんのお母さんのためにも、拓也さんのご家族に私たちの関係を認めてもらう努力を一緒にさせてください」
「ありがとう」
「そう言ってくれて、ありがとうございます」
お礼を言ったことにお礼を返され、拓也ははにかむ。
目の前にいる女性が、守るべき少女ではなく、自分と肩を並べて人生を共に歩んでくれる存在に成長していたことを今更ながらに実感した。
そんな拓也の隣に、同じく着替えを済ませた香苗が腰を下ろした。
「お疲れさまです」
そう言って、香苗は拓也に手にしていた水の入ったグラスを差し出す。水はよく冷えているらしく、触れる指先でそれを感じる。
「ありがとう」
「せっかくのお休みなのに、私の用事を任せてしまってすみません」
お礼を言う香苗の表情がぎこちない。
「さっきは嫌な想いをさせて悪かった」
拓也の言葉に、香苗は首を横にふる。
「そんなことないです」
そう話す香苗の表情は硬い。
「彼女の言葉は気にしなくていい。親子揃って、自分の意見が一番正しいと信じて、それをこちらに押し付けてくる。特に彼女は、職場や昔住んでいたマンションに押しかけて、母の伝言と称して何度自分の都合を俺に押し付けてきたことがあるか」
重い息を吐き、拓也は学生時代に、母に預けてあったアパートの鍵を使って勝手に部屋に入られたことなどを話した。
そのため、一晩ネットカフェで過ごす羽目になったと拓也が話すと、香苗が声を上げた。
「え?」
驚きの声を漏らした香苗はひとり納得した様子で、「あれは、そういうことだったんだ」と、呟く。
非常識な彩子の振る舞いに驚いたのかとも思ったが、なんとなく違うようだ。
視線でどうかしたのかと問い掛けるけど、香苗は首を横に振ることで、なんでもないと応えるので、拓也は話しを続ける。
「そういうことがあって、母に、絶対に彼女に俺の住所を教えるなと言ってあったんだが、強引な彼女に押し切られたようだ」
面倒なことになったと、拓也は大きく息を吐く。
高校生時代、母の再婚から大学進学までの一時期を彼女と同じ屋根の下で暮らしたことがある。
その時、彼女に告白めいたことを言われたことがある。ちょうど香苗と別れた直後で、心の隙を突くような告白だったが、香苗以外の女性に興味のない拓也が相手にするはずがない。
それに拓也は、彼女が自分ひとりに誠実な恋愛感情を抱いているわけではないことを知っている。
自分が気に入った男性を見付けてはアプローチをかけ、常に複数の男性との恋愛を同時進行で進めていた。
まるでコレクションを集めるように、複数の男性と関係を持つ彼女に執着されても迷惑なだけだ。
拓也に言わせれば、そんなの愛情でもなんでもない。
そうやって突き放し、病院にも彩子には自分の情報を漏らさないよう頼んであるので最近は姿を見せなくなっていたのだが、拓也が結婚すると知ったことで、一度は治まった執着心を再燃させたのだろう。
なんにせよ、自分には関係ない話しだ。
「俺の家族の言うことは気にしなくていいから。これでも懲りずに俺たちに干渉してくるのであれば、母と親子の縁を切っても構わない。ちょうどいいから、もっと香苗の通勤が楽な場所に引っ越してもいい」
これまでは、一応母親には自分の住所を伝えてきた。
でもそのせいで香苗に不快な思いをさせるのであれば、その縁を切っても構わない。
拓也には、香苗より大事にしたいものはなものはないのだから。
拓也は迷いのない口調で言うが、香苗の表情は晴れない。
「拓也さんは、本当にそれでいいんですか?」
「なにが?」
聞き返す拓也の言葉に、香苗は視線を落として黙り込む。
拓也はグラスをテーブルに置き、香苗の頬に手を添えて彼女の視線を上向かせると、目を真っ直ぐに見詰めて彼女の言葉を待った。
すると観念したように、香苗は自分の胸の内を言葉にする。
「拓也さんは、私の家の都合に合わせて生き方を変えようとしてくれているのに、私ばかりなにも失わず、拓也さんに守られて生きていくのは嫌です」
キッパリとした香苗の言葉に、拓也が黙る。
香苗はソファーに膝をつき、拓也の前髪に手を伸ばす。
そして拓也の前髪を掻き上げて、彼の額の傷を撫でて言う。
「もう二度と、一方的に守られているという罪悪感に負けて大事なものを見失いたくないんです。拓也さんと離れていた時間を無駄にさせないでください」
そう話す声は柔らかなものなのに、揺るぎない強さを感じさせる。
拓也としては、やっと再会することのできた香苗とこの先の人生を共にできるのであれば、それ以上に望むものはないというのに。
それでいて、自分をいたわってくれる彼女の言葉に胸が熱くなる。
「会えない時間に、本当に成長したんだな」
しみじみとした拓也の言葉に、香苗は表情を和ませる。
「強くならないと、看護師は務まりませんから」
「確かにそうだ」
「そしてその強さは、拓也さんを支えるためにあるんです」
胸を張る香苗の言葉に、自分の気持ちがほぐれていくのがわかる。
愛する人の幸せを願うのは、人間の自然な感情なのだ。
だから拓也はこれまで、香苗の幸せを願い行動してきた。だがこうやって彼女の優しさに触れて、愛する人に愛される喜びを知る。
拓也が愛している香苗には頼られる存在でありたいと思うのと同じように、香苗も自分に頼ってほしいと思っているのだ。
それが彼女の願いであるのなら、自分ひとりでなにもかもを背負い込むことなく、彼女の強さを信じたい。
「ありがとう」
拓也は自分の傷を撫でる香苗の手に、自分の手を重ねた。
そのままその手を自分の口元に引き寄せて、手のひらに口付けをする。
「拓也さんのお母さんのためにも、拓也さんのご家族に私たちの関係を認めてもらう努力を一緒にさせてください」
「ありがとう」
「そう言ってくれて、ありがとうございます」
お礼を言ったことにお礼を返され、拓也ははにかむ。
目の前にいる女性が、守るべき少女ではなく、自分と肩を並べて人生を共に歩んでくれる存在に成長していたことを今更ながらに実感した。