冷酷元カレ救急医は契約婚という名の激愛で囲い込む

エピローグ

 八月吉日。香苗は、拓也とふたりで自宅マンションに向かって歩いていた。
 地元に戻り、両家の顔合わせをすると共に婚姻届の保証人にサインをもらい、今日それをふたりで提出してきた帰りだ。
 香苗の実家は地元で大きな病院経営をしているし、拓也の義父である宏も会社経営をしている。
 また香苗も拓也も、それぞれ仕事で忙しくしているので、結婚式はまた日を改めて開かれることになっているが、晴れてふたりは正式な夫婦になった。
 そのお祝いに外で少し早めの夕食を取り、ふたりで家に帰ってきたところだ。
 拓也と仲良く肩を並べてリビングに入ろうとした香苗は、ドアを開けた瞬間息を呑んだ。

「香苗?」

 突然動きを止めた香苗に、拓也が声をかける。

「マジックアワー」

 窓の外に視線を向けたまま、香苗が呟く。

「え?」
「こういう夕暮れをそう呼ぶそうです」

 夏の夕暮れは遅い。
 カーテンを閉めずに出掛けたため、窓の外には美しい夕暮れの空が広がっている。
 太陽の姿は見えないのに、ビル群の向こうの裾は明るく、世界を柔らかな光で満たしている。

「前に患者さんの教えてもらったの。世界が淡い光に照らされて、綺麗な写真が撮れる特別な時間だって」

 以前教えてもらったことを、そのまま拓也に伝えた。

「昔、こんな夕暮れ中、ふたりで手を繋いで歩いたな」

 香苗の説明に小さく頷き、窓の外に視線を向けたまま拓也が呟く。
 懐かしげなその眼差しは、窓の外の景色ではなく、十年以上昔の自分たちの姿を見ているのかもしれない。

「覚えていてくれたんですね」

 香苗の言葉に、拓也がこちらに視線を向ける。

「香苗との大事な思い出を、俺が忘れるはずないだろ」
「マジックアワーは、一瞬だけの奇跡的な美しい時間だそうです」

 蕩けるような彼の眼差しに気恥ずかしさを覚えつつ、香苗が言う。
 そんな会話を交わしている間にも、香苗の言葉を証明するように、徐々に太陽の名残は消え宵闇の濃度が増していく。
 時間は刻々と変化していき留まることはないが、でもそれを残念に思う必要はない。
 時間が流れていくからこそ、香苗は成長して、彼と肩を並べられる存在になれたのだから。

「また一緒にこの景色を見よう」

 香苗の心を代弁するように拓也が言う。
 夫婦になった自分たちは、これから何十年と奇跡的な美しい瞬間を積み重ねていけばいい。

「はい」

 香苗が笑顔で応えると拓也が頷き顔を寄せる。
 夕暮れ中、ふたり唇を重ねて永遠の愛を誓った。
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