崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない

4.それもこれも、糧にするのだ③

「お泊まり以外のエピソード……、お泊まり以外の……」
 ブツブツとそんなことを呟きながら画面を見るが、指が全く動かない。
 浅見の漫画を増本さんから見せて貰ったあのあと、自分でも無意識のうちに帰宅していたらしく気付けば作業部屋のパソコンの前に座っていた。
 
「描かなきゃ、締め切りが来ちゃう」
 今は打ち切り寸前とはいえ連載真っただ中だ。アシスタントさんに予定だって伝えなくちゃいけないし、そもそも締め切りは待ってくれない。
 ここで原稿を落とすなんて、絶対にできない。

 だが私が焦れば焦るほど何も思いつかない。
 一コマでもいいから進めたいのに、ペンを持った手が石のように固まり、体と心が冷えていくばかりだった。正直今が何時かもわからない。

 部屋どころか家の中がどこも静まり返っている、その時だった。
 突然ピンポンとインターホンが鳴り響く。それも何度も何度も、執拗に。

「え、なに……?」
 しつこさに慄きつつ、不審者なら警察を呼ぼうとスマホを持ってインターホンの画面を確認する。
 そこに映っていたのは、なんとスーツを着た高尚だった。
< 114 / 161 >

この作品をシェア

pagetop