崖っぷち漫画家はエリート弁護士の溺愛に気付かない
「あー、んー。確かに腹減ったな、食う」
 歯切れ悪く唸りながら少し迷った様子の高尚だが食べる気になったらしく、高尚が机の上を簡単に片づける。ダイニングテーブルに十分なスペースができたことを確認し私がうどんを持って行くと、言葉通り彼もお腹がすいていたらしく、出汁の香りににこりと口角が上がっていた。

「わさび持ってこよっと」
「え、わさび?」
「美味いよ。みのりもいるか?」
「いや、うーん、高尚の一口ちょうだい。それで検討する」
「おっけ」
 言うが早いか、すかさずチューブのわさびを冷蔵庫から持ってきた高尚が自身の器のフチにわさびを出して少しだけ出汁に溶かして味見をする。そして器ごと私へと差し出した。

「お蕎麦ならわさび、わかるんだけどな」
 なんて言いながら一口食べてみると、案外悪くない。というか、美味しい。
「どう?」
「悔しいけど、いいかも」
「だろ」
 ふはっと笑った高尚へと器を返すと、すかさずチューブの蓋を開けた高尚がにんまりと得意気に目を細めた。

「いるか?」
「……ちょっとだけ」
「わさびの世界にご案内ー」
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