歩くリラ冷えの風
その日の3時限目の授業中、開いた窓から教室に大きな蜂が入って来た。
真ん丸い体からクマンバチだろう。
蜂の侵入にクラス全員が授業どころではなく、特に女子たちは騒ぎ出す。
「こら、あまり騒ぐんじゃない!」
数学教師の川口先生が生徒を落ち着かせようとするが、ブンブンと大きな羽音を立てて教室の上部を回り飛ぶクマンバチに全員が注目して静まりやしない。
すると、あの靴音が廊下に響き、教室の後ろ側の扉にクラス全員の視線が集まった。
開く教室の後ろ側の扉に姿を現したのは、3組の椿沙だった。
椿沙は、教室の中を飛び回るクマンバチを見つけると、ゆっくり教室内に入って来て、クマンバチを見つめたまま窓の外を指差した。
「迷い込んだんだね。ここは、あんたの居場所じゃないよ。」
椿沙はまるでクマンバチに話し掛けるように言った。
すると、不思議なことにクマンバチは椿沙の言葉を理解したかのように、椿沙が指差す窓から外へ出て行ったのだ。
クマンバチが飛び去って行くのを見送った後、椿沙は何事もなかったかのように何も言わずにゆっくりと教室から出て行った。
クラスの全員が唖然とする中、何一つ驚いていなかったのは翔真だけだった。
翔真は、知っていたのだ。
なぜか椿沙は生き物と意思疎通が出来るということを。
それは幼稚園児の頃からそうだったからだ。