怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「今日は奥さんへのプレゼントに口紅を買いたくてね、高階さんに選んでほしいんだ」
「かしこまりました、それではお席にご案内いたします」
「奥様へのプレゼントだなんて素敵です!」と言われたいがための誘い受けには乗らず、私は木下を壁際の一番端の席へと通した。
席に案内せず、試し塗りできるコスメの並んだ棚の前で立ったまま接客したほうが早く帰る可能性もあるが、それでは他のお客様が立ち寄りづらくなってしまう。そのため、なるべく端の席に隔離することにしているのだ。
「何か、新作の口紅があるんでしょ? それを紹介してよ」
「かしこまりました。奥様はどういった系統の色味がお好みでしょうか?」
「それが分からなくてさあ。全部見せてよ」
「生憎ですが、発売直後から人気のため欠品している色もありますので、全色のご案内はできかねます」
「じゃあ、ある分だけでいいや」
木下の地雷を踏まないように、慎重に接客を進めていく。いつもは会計含めて一時間みっちり拘束されることが多いが、今日は他のお客様の接客にまわるため、何とか時間は短縮していきたいところだ。