怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「一旦、ご用意のあるお色を試し塗りしますね」
変に選択肢を絞ろうとすると、ごねられて逆に時間がかかる。私は木下の希望どおり、ある分のリップを試し塗り用の紙に塗っていく。そしてリップを塗った隣に色番を書いていき、あとで色番を控える手間を削減した。
「ふうん、色んな色があるもんだ。高階さんはどれを塗ってるの?」
「こちらのOG01番を使用しております」
「なるほどお……でもうちの奥さん、オレンジの口紅は若い子向けだからって使わないんだよなあ」
試し塗り用のリップをあれこれ手で触れながら、木下は言った。彼が手を動かすたびに、ポリエステル素材の布が擦れてシャリシャリと耳障りな音を立てる。
「それでは、落ち着いたベージュ系などいかがでしょうか?」
「うーん……それはそれで、ラクダ色の肌着みたいでババくさいかな」
「では、華やかさのあるローズ系は……」
彼の言葉を遮らず、失礼な物言いにも反応せず、一呼吸置いてから淡々と返答していく。早口にならないよう、細心の注意が必要だ。
……まるで、綱渡りでもしてる気分だわ。
心の中で、私は密かに呟いた。