怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
 危うく悲鳴を上げそうになった瞬間、聞き覚えのある可愛らしい声がどこからか聞こえてきた。

「あ、いたいた! 高階さーん!」

 振り向くと、私と木下の背後には凛が立っていた。彼女の登場に驚いていると、凛は笑顔でこう続けた。

「アイブロウペンシルを買いたいんだけど、どれが良いのか分からなくって。相談に乗ってくれない?」

「申し訳ございませんが、接客中ですので……」

「良いから良いから!」

「きゃ……!?」

 木下の手をそれとなく払い除けて、凛は私の手首を掴んだ。半ば強引に手を引かれ、私は凛に引っ張られていった。

「木下様、申し訳ございません。あちらのお客様、高階が接客しないとご納得されない方でして……私のほうで引き続き、ご案内させていただきます」

「え、あっ……うん」

「リップをお探しでしたか。それでは……」

 私が木下から離れたタイミングで、美香がすかさず彼に話しかけた。彼女も大城店長と同じく押しが強いので、木下も強く出れないようだった。

「高階さん、大丈夫?」

 木下が座る席とは離れた場所に移動してから、凛は私に囁いた。

「どうしても放っておけなくて、ちょっと強引だけど割り込んじゃった。ごめんね」

 どうやら凛は、私を助けるために割って入ってくれたらしい。

「いえ……でも、どうしてこちらに……?」

「今、催事場でポップアップストアやってるでしょう? そこにゲストで呼ばれたの。それで時間まで、お店を見てまわってたって訳」

 たしかに、今日から百貨店の催事場では、とあるインフルエンサーが立ち上げたアパレルブランドの期間限定ショップが開催されていた。そこに、凛が呼ばれたらしい。

「ねえ、高階さんって仕事何時まで?」

「えっと……今日は早番なので、六時半ごろには終わるはずですけど」

「そっか。じゃあ、良かったら一緒にご飯行かない?」

 そう言った凛の顔は、どことなく何か企んでいるようにも見えた。
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