怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
 私が何も言わず話の続きを待っていると、優流は気持ちを落ち着かせるかのようにハーブティーをひと口飲んだ。そして軽く呼吸を整えてから、枯葉再び口を開く。

「実はその事件が起きる前に、太一は一度だけ花瓶を割ったことがあるんです」

「そうなんですか?」

「はい。掃除の時間に、雑巾でテーブルを拭くために花瓶を移動させようとして、誤って落としてしまったんです。当然わざとではありませんが、それもあって、教師は太一の仕業だろうと決めつけたんです」

「……酷い」

「しかし、太一にはアリバイがありました。休み時間の間ずっと、俺と一緒にいたんです」

 優流と太一は、休み時間に裏庭で竹馬の練習をしていたのだという。体育の授業で乗れなかったのが悔しくて、二人で練習していたらしい。

 休み時間中ずっと校舎の外にいたならば、太一が教室にある花瓶を割るのは明らかに不可能だ。

「俺は太一が犯人じゃないと、すぐ教師に訴えました。けれども、教師は耳を貸さなかった。嘘をついて太一を庇っていると、判断されたのでしょう」

「そんな……」

「太一もまた、花瓶を割ってないとはっきり否定しました。けれども、教師は彼に花瓶を割ったことを謝れとしか言わない。そして、クラスメイトの一人が、こう言ったんです」

 早く謝れよ、お前のせいでみんなが帰れないだろ、と。
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