月とスッポン      ありのままは難しい

金堂の横に並ぶ閼伽井屋の中を格子越しに覗き込む。

光の届かない中の様子を、ナイトモードを駆使して観察をする。
ぽとぽとと小さな音が聞こえてくる。

「そういう使い方があるんですね」

私の隣で、自分の目で覗き込んでいた大河が、閼伽井屋から私のスマホに注視する対象を変えている。
近い。というよりも、自分のスマホを使ってみて欲しい。

「《【閼伽】とは仏に供える水のことで、あそこから湧き出る霊泉は、天智・天武・持統天皇が産湯に用いたと伝えられています》」

私のスマホの向きを勝手に操作し、しめ縄をしてある岩を画面に映し出す。

「さっき言っていた三井寺の名前の由来の」
「そうです。語源の元となるものが目の前にあると思うと感無量です」
「わかる」

閼伽井屋の正面に掲げられた案内板の指示通り上を見上げる。
そこには1匹の龍。

「目玉に釘」

ズームで見てみれば、確かに穴が空いている。

「1600年 慶長5年に建てられた際に左甚五郎が彫ったのなら、龍が動き出したのも納得です」
「いや、勝手に納得しんでください」

「《左甚五郎は酒と旅が好きで、いくら大金を積まれても気が乗らないと働かない。しかし、彼がネズミを彫れば生きているかのように動き回り、水仙を彫れば翌朝には見事な花を咲かせる江戸時代初期に活躍したとされる伝説的な彫刻職人です。
日光東照宮の【眠り猫】、秩父神社の【つなぎの龍】など左甚五郎作と伝わる彫り物は全国100カ所近くの建物に残りますが、制作年代は安土桃山から江戸後期まで300年に及ぶため、各地で腕を振るった名工をたたえる代名詞ではないかというのが現在の有力な説です。》
こんなに間近にみられるとは」
「きた甲斐がありましたか?」

「はい」と満面な笑みで微笑まられたら。
私まで笑顔になってしまう。
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