月とスッポン      ありのままは難しい
「《最澄が19歳の時にここ比叡山に入山し、22歳の時に小堂を建て自刻の薬師像を現在の根本中堂の位置に安置したのが、比叡山延暦寺の始まりとされています》」
「まさかの年下。でもさぁ、どんな簡易でも建てちゃうって凄いね」

「《平安時代の初期に近江国古市郷、今の滋賀県大津市で三津首百枝という豪族の家に最澄は生まれました。
百枝は、後漢の孝献帝の子孫であり、応神天皇時代の帰化人で、登万貴王の末裔と言われています。
なので、家の支援があればそう難しい事ではなかったと思います。ただ、最澄は19歳のときに【東大寺】で【具足戒】を授けられ、正式に僧となっています。
華厳宗の中心として発展し、また総合的な仏教学の中心としても栄えました当時の東大寺で修業を続ければ、出世の道が待っていました。しかし奈良時代から平安時代初期にかけ、寺社は朝廷をしのぐ権力を持つようになっており、寺社が政治に口を出すことは珍しくありません。
これに不満を抱いた最澄は、3ヶ月ほどで故郷へ帰り【比叡山】へ入山し12年もの間、すべての人々が救われることを願い、たったひとりで修行を続けました。
そこを考慮すると本当に粗末な雨風を凌ぐだけの小屋だったと思います》」
「へー」

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