月とスッポン ありのままは難しい
「《華道や茶道などの芸術や、学問修業、花嫁修業など、世間のさまざまな技術を身につけるときの修業は【わざを身につける】という意味で【業】を使います。 ですから修業の目的はわざを身につけることです。
一方、仏教では【修行】は【行く】を使います。 【行】とは善のことですから、修行とは【善を修める】という意味になります。
仏教の目的は、さとりを開くことですので、修行の目的は、さとりを得ることです》」
「開く事が目的で、修行は得る事が目的」
そう言った事は学生時代に聞きたかった。
「《悟りは52の段階があると言われています。
人類の歴史上、52段目の最高の悟りまで到達できたのはただ一人。もちろんお釈迦様です。2番目はお釈迦様の700年後、インドに生まれられた龍樹菩薩で41段の悟りを開き、その200年後には、無著菩薩が、同じく41段の悟りを開きました。
人類で2番目に高い悟りを開いたのは、この龍樹菩薩と無著菩薩で、41段です。
手足が腐るほど厳しい修行をして禅宗開いた達磨大師でも30段程度の悟りだったといわれ、天台宗を開いた天台大師でも10段程度ですから、悟りを開くのがいかに難しいかわかります》」
「その為には命を賭けて修行する必要があると。そりゃ、嫌になってまともな修行もせず怠けている現状に満足して、腐敗していくのもわかる気がします」