月とスッポン ありのままは難しい
「真面目に取り組んでも、他者に評価される事ではありませんからね」
「どんな小さな事でも、誰かが見てくれていたってだけで、頑張ってきた甲斐があったって思っちゃいますからね」
「そうですよね」
「そうですよ。お疲れ様とかありがとうは大事です」
「ですね」
大河にニコッと笑えば、大河も笑い返してくれた。
それだけで満足。
「では、悟りの最高到達点に達したお釈迦様に挨拶しましょう」
眩しすぎる外から、静まり返った中へと入っていくと、気温が一気に下がった様にすら感じさせる。
これが聖域の力なのかもしれない。
何にもない時に来たからこそ、静かに見れるのか?
何もないからこそ、誰も来ないのか?
「最澄が自作された釈迦如来像、見れませんでしたね」
「次に特別開帳される時は、必ず来ましょう」
「ですね」
陽の光を全身に浴びると、異空間から出てきた開放感に包まれる。
釈迦堂の全体が撮れる位置まで下がり、写真に収める。
「《正式には転法輪堂と言い、転法輪とは釈尊の説法を意味するそうです》」
「説法のお堂。まんまですね」
「《最澄から直接教えをうけた二代目天台座主円澄が西塔地区を開き、転法輪堂を建立しました。
そこに最澄が東塔北谷の霊木で自ら刻んだ釈迦如来像を本像に安置されているので釈迦堂と呼ばれています》」
「まんまですね」
転法輪堂と木々の緑と空の青の完璧なアングルを求めて何枚か写真に収めている間も
「《転法輪堂は秀吉の命により、天台宗寺門派総本山である三井寺圓城寺の金堂を移築したものです。
ちなみにこの金堂も弥勒菩薩を祀っていたので、弥勒堂とも呼ばれています》」
「まんま過ぎて、セキュリティが心配になってきました」