月とスッポン      ありのままは難しい

「平安末期から鎌倉時代の間って事は源平合戦ですね」
それは知っている。
と意気揚々と答えたはいいが、よくご存知ですねと微笑まられるのは癪に触る。

「《それに加え、大火、辻風、遷都、大飢饉、大地震などの災害が相次いで発生したと鴨長明が方丈記を書き上げた時代でもあります》」
「そりゃ、人の力の無力さを実感させられるでしょうね」

「《親鸞聖人は京都に滞在した後、すでに下山していた法然上人を訪ね【どのような人であれ念仏ひとつで救われる】という本願念仏の教えに出遇われます。
あらゆる人びとに救いの道をひらいたこの教えによって、多くの念仏者が生まれましたが、それまでの仏教教団からの反感をかうこととなり、朝廷への訴えによって、法然上人は土佐へ、親鸞聖人は越後へ流罪となりました。
その後に聖人は越後から関東に移られ、そしてその地で二十年間、懸命に生きるいなかの人々と共に暮らし、すべての人が同じくひとしく救われていく道として、念仏の教えを伝えていき、浄土宗をさらなる発展させた浄土真宗が生まれたのです。

人が求めていなくても仏は救ってくださるという他力回向の理論があり、改めて修行する必要がないとしているのです。その為浄土宗では念仏を唱えることで浄土往来すると考えられていますが、浄土真宗では仏様が救ってくださると信じていれば往来できるとしています》」
「ふーん」

「あまり興味がなさそうですね」
「そんな事はないですよ。そう言う考えもあるんだなぁとは思いますけど。それよりも、真盛聖人によって再興された天台真盛宗総本山西教寺の方が気になります」

「《明智光秀の菩提寺。一族のお墓に、光秀の供養塔。》絶対に行きます」

東塔・無動寺の弁財天、横川の箸塚弁天と合せ
比叡山の三大弁財天の一つである【箕淵弁財天】を歩きながら、話しながら頭を下げ、写真に収め車へと戻る。
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