口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
 唇を噛みしめどうにか耐えた清広は、妻から視線を反らして目黒の妻へ頭を下げる。

「妻がご迷惑をおかけしたようで。申し訳ありません」
「いいのよ。気にしないで」
「たとえば……えっ」
「失礼いたします」
「ごゆっくり~」
「ふぐぐ……」

 とんでもないことを口走ろうとしたつぐみを見かねて、清広が大きな手を使って彼女の口を塞ぐ。

 いくら酔っ払っているとはいえ、同僚達の前で口にするのも憚られるような単語を声に出したと後々つぐみが知ったら、ショックで職場にいられなくなる可能性が高い。

 清広がいつも通りの生活を狭く息苦しい潜水艦の中で営んでいる間に、愛する妻が涙を流すようほどつらい経験をする姿を思い浮かべると──。

 ここはなんとしてでも、全力で止めなければと言う思いに駆られた。

「今つぐみは、正常な判断ができていない」

 清広が彼女の口を塞いでいた大きな手を離せば、つぐみは不思議そうに首を傾げながら、室内履きから靴に履き替えた。

「危険なんだ。俺のそばから、離れないでくれ」
「頼まれたって、離れません……」

 その後、言葉通りに清広の右腕にしがみつく。

 離れないように、強い力で。

 彼はつぐみを抱き上げると、酔っ払っている妻を自宅へ連れて帰った。
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