口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
 ダイニングテーブルの上には、一枚の文字が書かれたメモ用紙が置かれていた。

 筆圧が強いせいか、濃くしっかりと読みやすい字で記載された文章を目にした彼女は、彼らしい言葉選びにクスリと声を上げて笑う。

『昨日はすまなかった。体調には気をつけるように。出かけてくる』

 つぐみは小さな紙に既読印代わりの日付を記入すると、冷蔵庫にマグネットを使って貼りつける。

(早ければ六月、遅いと九月かなぁ……)

 その頃にはきっと、つぐみも忙しさが一段落している頃だろう。

(待ち遠しいな……)

 昨日まで手が届く距離にいたはずの彼がいなくなったばかりでも。

 重要なのは夫と離れている時間ではないのだと、彼女は知った。
 たとえ一分一秒でも。
 姿が見えなくなれば清広が恋しくて堪らないのは、彼女が夫を心の底から愛しているからだ。

(無事に、怪我なく。安藤さんが帰って来てくれますように……)

 そう願いを込めたつぐみは、三か月後にひょっこりと顔を見せた清広から衝撃的な提案をされるなどと知りもせず──リビングテーブルの上へ乱雑にほっぽり出されていた持ち帰り仕事の荷物をまとめ、身支度を整えると自宅を出て保育園へ向かった。
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