口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
「ええと……。今までたくさん、しましたよね。これ以上、どんな……」
「キスかハグなら、どちらがいい」

 思わぬ二択を迫られたつぐみは、第三の選択肢を選び取ろうと必死に思考を巡らせたが──。
 時間がないと焦っている状況では、うまい返しが思いつかない。

(朝からキスは、ちょっと……)

 つぐみがこのまま答えを口になければ、おそらく清広は前者を選んで実行するだろう。

 それだけは避けたい彼女は、無言で清広が抱きしめやすいように両手を広げ、彼の腕が伸びてくるのを待った。

「ありがとう。これなら、いつ呼び出されてもつぐみのぬくもりを忘れずに済みそうだ……」

 彼はつぐみを抱きしめながら、喜びを噛みしめるように彼女の耳元で囁く。

(そんな、大袈裟な……)

 つぐみは喉まで出かかった言葉を必死に飲み込むと、清広が身体を離したのを確認してから別れを告げた。

「行ってきます」
「ああ。気をつけて」

 にこやかな笑顔とともに清広と別れたつぐみは、不思議な感覚に包まれる。

(見送られるのって、変な感じ……)

 社会人になってからずっと一人暮らしだったせいだろうか。
 誰に見送られる経験のない彼女にとって、この体験はとても新鮮に感じる。

(清広さんの仕事がない日は、こうやって送り出されて、出迎えてもらうんだ……)

 つぐみはこれから当たり前になるであろう光景を何度も繰り返し脳裏に思い描きながら、歩いて職場へ向かった。
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