口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
「お疲れ様で……」
「金沢先生、ごめんなさい」

 勤務終了後も雑用が終わらず残業をしていたつぐみが、延長保育を担当している同僚に挨拶をしてから帰路につこうとした時のことだった。

 園児の面倒を見ていた目黒から、謝罪とともに呼び止められたのは。

山田(やまだ)さんのお迎えが、まだ来なくて……」
「そうなんですか」
「私、これから保護者の方と面談の予定が入っているの。申し訳ないんだけど……」

 目黒はつぐみの上司だ。
 いくら業務終了時間を終えているとしても、逆らえば角が立つ。
 人のいい彼女は「清広が自宅で待っているから」とはっきり断れず、彼女の代わりに延長保育を担当することになった。

 園児と二人きりになったつぐみは子どもの前にしゃがむと、優しく口元を綻ばせながら語りかけた。

「……金沢先生と一緒に、お母さんを待っていようか」

 つぐみは、窓際に置かれていた猫のぬいぐるみを手に取ると、左手で園児を抱き上げた。

「僕と一緒に、遊ぶにゃーん!」
「ねこしゃん!」

 やはり、猫の力は偉大だ。

 つぐみが普通に話をするよりも、子どもの食い付きがいい。
 先程まで不安がっていたのが嘘のように元気になった園児と遊びながら、彼女は心の中で深いため息をついた。
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