口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
「マナー違反を指摘して、何が悪いのよ!」
「それが誤解だと言っているんだ」
「もういい! 話にならないわ!」

 彼女はこのまま言い争いを続けたところで、分が悪いと判断したのだろう。

 清広の手を振り払うと、捨て台詞を残して披露宴会場の中へ戻ってしまった。

「行こう」

 つぐみを背に庇っていた彼は、先程まで同僚に見せていた恐ろしい一面など見る影もなく──優しく目元を緩める。
 彼女の右手に己の指先を絡めて離れないように恋人繋ぎをすると、つぐみを伴って廊下を歩く。

「き、清広さん……っ! ま、待ってください……!」

 彼は無言で彼女をトイレの前まで引き摺ると、指先を離してつぐみを送り出した。

「着替えて来い」
「あの、私達は……」
「待っているから」
「ここ、で……?」
「何か問題でも?」

 思わず面食らったつぐみが問いかければ、当然のように清広が疑問形で返す。

 女子トイレの前で腕組をした男性が待っているなど、どこからどう見ても不審者だ。

「す、すぐに戻ります」
「ああ」

 つぐみが真っ先に彼へ伝えたい言葉は、そんなことではなかったのに──。

 元許嫁を犯罪者にするわけにはいかないと焦った彼女は、トイレの個室に入ると大慌てでドレスを着替える。
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