凍った花がとけるとき
声をかけてカップをデスクの上のコースターに置くと「ありがとう」と副社長が微笑む。確かに真下からこれだけ綺麗な顔に笑いかけられると、どきりとするかもしれない。この二年で慣れてしまったけれど。
「ん、おいしい」
早速飲んでいただけて何よりだ。
「三崎さん、自分のは?」
「淹れました」
「じゃあ持ってきなよ。休憩しよう」
そう言うと、副社長は部屋の真ん中にある応接セットのソファに移動した。お言葉に甘えて、わたしも自分のカップを手に、向かいに座る。
「ちょっとさ、この資料見てくれる?」
「明日の会議のですよね、あのちょっと調査項目が……」
的外れなやつ、とは言えず口を噤んだけれど、副社長は私の言いかけた内容を汲んで、深く頷いた。
「そう、毎回同じ指摘してるんだけど」
なかなか直らないんだよなあ、とため息を吐いている。就任以来結果を残している副社長だけれど、管理部門全体の底上げはまだまだ必要だ。
「三崎さん、今日景気づけに美味しいものでも食べに行く?」
「副社長、わたしお昼もご馳走になりましたよ」
「それはここで出前取っただけじゃない」
「一日に二回もご馳走になれません。というか、そんなに食べていたらカロリーオーバーでわたしの身体がびっくりしちゃいます」
「えー。景気づけがなくて、明日頑張れるかなあ」
「大丈夫ですよ、副社長なら。あ、来週のスケジュールなんですが……」
いつも傍に置いているタブレットと手帳を手に取ると、副社長は「休憩じゃなかったの」と口を尖らせている。こんな表情を見ていると年齢よりだいぶ幼く感じるけれど、もちろん、仕事中には決して見せない顔だ。社内外では、副社長はクール、で通っているので、あまりのギャップに戸惑いを通り越して笑いそうになってしまう。もちろん、上司の前でそんな態度は取らないけれど。
タブレットに表示させた地図を見せようとすると、副社長はさっとわたしの隣に移動してきた。ふわりと重みでソファが沈む。
「ああ、ここなら一度挨拶まわりで行ったよ。水曜なら打ち合わせ前に寄れるかも……」
ぐいっと近寄って画面を覗き込まれて、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
触れてしまいそうな距離に、少しだけ身構える。
海外生活が長かったせいか、副社長のパーソナルスペースはかなり狭い。
「それでは手配しておきますね」とちょっと身を引きながら答えていると、コンコンとノックの音が響いた。
慌てて返事をしながら立ち上がる。
やってきたのは秘書室長の北條さんだった。
「先ほど社長より連絡がありまして、近々で時間をつくってほしいとのことです」
「ああ、なんかメール来てたな」
「なかなかお返事がないと、私のほうに連絡が」
「わかった、今日帰りに寄るよ。……振られちゃったし」
そう言って副社長がこちらを見遣ったので、慌てて視線を逸らす。
「ではそのようにお伝えしておきます」
北條さんは副社長のひと言には触れず、それだけ答えると執務室を出て行った。
「副社長、僭越ながら社長からの連絡を無視するのはどうかと……」
「でも絶対仕事じゃないと思うんだよね。仕事だったら確実に記録が残る方法を取る人だし。しかも電話してきたくせに留守電も入れないし」
そうあっさり自分の父親について毒づくと、副社長は首をすくめた。それはいつもの通りだったから、わたしも特に気は留めず、そのままお互い仕事に戻ったのだった。
「ん、おいしい」
早速飲んでいただけて何よりだ。
「三崎さん、自分のは?」
「淹れました」
「じゃあ持ってきなよ。休憩しよう」
そう言うと、副社長は部屋の真ん中にある応接セットのソファに移動した。お言葉に甘えて、わたしも自分のカップを手に、向かいに座る。
「ちょっとさ、この資料見てくれる?」
「明日の会議のですよね、あのちょっと調査項目が……」
的外れなやつ、とは言えず口を噤んだけれど、副社長は私の言いかけた内容を汲んで、深く頷いた。
「そう、毎回同じ指摘してるんだけど」
なかなか直らないんだよなあ、とため息を吐いている。就任以来結果を残している副社長だけれど、管理部門全体の底上げはまだまだ必要だ。
「三崎さん、今日景気づけに美味しいものでも食べに行く?」
「副社長、わたしお昼もご馳走になりましたよ」
「それはここで出前取っただけじゃない」
「一日に二回もご馳走になれません。というか、そんなに食べていたらカロリーオーバーでわたしの身体がびっくりしちゃいます」
「えー。景気づけがなくて、明日頑張れるかなあ」
「大丈夫ですよ、副社長なら。あ、来週のスケジュールなんですが……」
いつも傍に置いているタブレットと手帳を手に取ると、副社長は「休憩じゃなかったの」と口を尖らせている。こんな表情を見ていると年齢よりだいぶ幼く感じるけれど、もちろん、仕事中には決して見せない顔だ。社内外では、副社長はクール、で通っているので、あまりのギャップに戸惑いを通り越して笑いそうになってしまう。もちろん、上司の前でそんな態度は取らないけれど。
タブレットに表示させた地図を見せようとすると、副社長はさっとわたしの隣に移動してきた。ふわりと重みでソファが沈む。
「ああ、ここなら一度挨拶まわりで行ったよ。水曜なら打ち合わせ前に寄れるかも……」
ぐいっと近寄って画面を覗き込まれて、爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。
触れてしまいそうな距離に、少しだけ身構える。
海外生活が長かったせいか、副社長のパーソナルスペースはかなり狭い。
「それでは手配しておきますね」とちょっと身を引きながら答えていると、コンコンとノックの音が響いた。
慌てて返事をしながら立ち上がる。
やってきたのは秘書室長の北條さんだった。
「先ほど社長より連絡がありまして、近々で時間をつくってほしいとのことです」
「ああ、なんかメール来てたな」
「なかなかお返事がないと、私のほうに連絡が」
「わかった、今日帰りに寄るよ。……振られちゃったし」
そう言って副社長がこちらを見遣ったので、慌てて視線を逸らす。
「ではそのようにお伝えしておきます」
北條さんは副社長のひと言には触れず、それだけ答えると執務室を出て行った。
「副社長、僭越ながら社長からの連絡を無視するのはどうかと……」
「でも絶対仕事じゃないと思うんだよね。仕事だったら確実に記録が残る方法を取る人だし。しかも電話してきたくせに留守電も入れないし」
そうあっさり自分の父親について毒づくと、副社長は首をすくめた。それはいつもの通りだったから、わたしも特に気は留めず、そのままお互い仕事に戻ったのだった。