凍った花がとけるとき
 汗ばんだ額を撫でる手が心地よい。
 ゆっくりと目を開けると、薄暗い部屋のなかで、ぼんやりと頭を撫でてくれている副社長の姿が見えた。

「大丈夫……?」

 気遣わしげに掛けられた言葉に、先ほどまでの記憶が蘇ってくる。

「だ、大丈夫です……」

 急に恥ずかしさが込み上げてきて、肩までかかっていた布団をずずっと顔の上まで持ち上げた。すると布団の上からぎゅっと抱きしめられて、だんだんぎゅうぎゅうと押しつぶされるように力が込められて「え、ちょっと副社長……!」と声を上げる。
 ばたばたと手を動かしながら布団から抜け出すと、副社長は悪戯が成功した子どもみたいな顔をして笑っていた。

「もう、何するんですか」
「だって隠れちゃうから。可愛かったのに」

 そう言って、副社長はわたしの頬を撫でた。

「からかわないでください!」
「揶揄ってないよ、本気。紗央里、可愛い」

 さりげなく名前を呼ばれて、また顔が熱くなってくる。思わず両手で顔を覆うと、どうしたの? と覗き込まれる。

「副社長が名前を呼んでくれたのが……嬉しくて」

 そう言うと、副社長が黙ってしまった。そっぽをむいて髪を触っている。

「副社長……?」
「喜んでくれたのは嬉しいけど、俺のことも呼んでほしいなあって」
「え?」
「だめ?」

 そう言って首を傾げてくる。そういう仕草、忘れた頃にしてくるから副社長はずるい。

「……海斗さん」

 口にすれば、そのままの格好で固まってしまった。ぱっと顔を背ける副社長の耳が赤くなっている。

「ていうか紗央里が俺の名前知っててよかった」
「知ってますよ! 当たり前じゃないですか。秘書なんですから!」
「そこは恋人だからって言ってほしいけど……」
「いや恋人になる前から秘書ですし、わたしの上司ですからね!?」
「そうだけど……ま、いいか。これからは仕事以外のときは名前で呼び合おうね」
「え……」
「俺も名前で呼んでもらえたら嬉しいなあ」

 そう言って副社長は再び布団の中に体を滑り込ませてくる。

「じゃ、もう一回させて」

 何が「じゃ」、なのかさっぱりわからない。
 けれどその疑問を声にする前にまた深い口づけが落ちてきて、あっという間に副社長ーー海斗さんの手がわたしの全身を撫でていった。
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