ハッピーエンド・オーバー
「はる、ボールペンと印鑑ある?」

呆然と静止した私をあきくんは促す。

「え?ああ……ペンケースは持ち歩いてて、印鑑もある」
「あそ。じゃあ俺が用意した意味なかったな」

用意周到だ。全然ふざけてなんか無い。
今更、12年前の約束に時効が来ていないことを知る。

「計画的だ……」

「そりゃあ、言ったからには責任取らねえと」

この人は、本当に私が知る枢木晃仁でしょうか?

無責任で自由な男が枢木晃仁じゃなかった?

私の記憶に存在する枢木晃仁とは乖離しており、混乱してしまう。

「でもあきくんと結婚したら、あきくん狙いの女の子に恨まれちゃうよ」

思春期、私があきくんの傍にいることを許された理由はいくつかあって、そのひとつが、恋愛対象として見られていないこと、だったと思う。

関係を持たない私に同性からは同情をもらった。優越感の比較対象となった。惨めな私を憐れむ人もいた。

今も恋人が絶えない、なんならあきくんは一生モテ続けるんじゃないかって勝手に認識している。

「俺に好意を持っている女には何らかの形で一度ずつ満足させてるから平気でしょ」

(……どうやって?)

気になるけれど、聞かない方が良いと思ったのはどうしてか。

「つか、今更敵意向ける?もう俺ら30だよ?それぞれ自分の人生に折り合いを付けている年齢でしょ」

「(言えてる)」

あきくんの言葉は鼓膜から滑り込み、すとんと私の体内に染み込む。

そうだ。私たちは誰それが結婚したからと言って驚く年齢ではなくなった。へえ、そうなんだ、と誰かの奇蹟を他人事のように納得できる年齢に、大人になってしまったのだ。
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