この恋、温め直しますか? ~鉄仮面ドクターの愛は不器用で重い~
 恋人、彼が当たり前のように自分をそう呼んでくれることがどうしようもなく嬉しくて……同じくらい苦しかった。

(麻美、あの言葉は正しくなかったよ)

 心のなかで親友に呼びかける。

 一線を越えていない男ほど忘れられない。

 そんなの嘘だ。

 一線を越えてしまったほうが、一度この手で抱き締めてしまった幸福のほうが、ずっとずっと手放すのがつらいじゃないか。

「帰ってください」

 喉の奥から必死に声を絞り出す。

 サアサアと降り出した細い雨が高史郎の黒髪をしっとりと濡らし頬を伝う。

 まるで彼が泣いているように見えて、環は胸がえぐられるような痛みを覚えた。

 今日一日、会社で過ごしてみて自分の置かれた立場がはっきりと理解できた。

 会社はやはり緑邦大病院の准教授との揉めごとなど一刻も早く片づけたいと考えているようだった。

 環が無実を証明することなど社は望んでいない。

 自身に貼られた〝枕営業をしたらしい女性MR〟というレッテルをはがすことはもう不可能に近いだろう。

(私との関係は要先生のキャリアに傷をつける)
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