この恋、温め直しますか? ~鉄仮面ドクターの愛は不器用で重い~
 一刻も早く自分との関係を切らなくては、彼の医局での立場が危うくなる。

 あの世界は外から見ているよりずっと競争が熾烈で一度の失敗が致命傷になるのだ。

『私は……臨床医になった要くんを見てみたいな』

 かつての自分の無邪気な声が耳に蘇る。

 今ここで彼にすがったら、あの頃の自分に怒られてしまう。

 高史郎は素晴らしい医師だ。これまでもこれからも、彼を必要としている患者が大勢いる。救うべき命がたくさんある。

 仮にも医療業界の片隅にいる人間として、彼の未来を邪魔することだけは絶対にできない。

(お別れは手紙かメールでしようと思っていたのにな……)

 もう少し状況が落ち着いたら彼に別れを告げようという決心はできていた。

 古風だけど物理的に燃やしてしまえる手紙がいいかもしれない、そんなふうに考えていたところだったのに。

 こうなってしまった以上はここで面と向かって言うしかないじゃないか。

 胸にうずまく葛藤と未練を断ち切って環は前を向く。

 まっすぐにこちらを見ている彼と視線がぶつかる。

 その瞳から彼の心配と愛情が伝わってきて固めたはずの決意が揺らいでしまいそうになる。

 だからひと息で告げた。
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